[補講 by まんどぅーか]

現在−第1、4,6,10類変化


  1. 現在組織とは
     ここからしばらく、動詞の活用のうち、「現在語幹」およびそこからできる形を扱います。
     前講の補講で説明したように、サンスクリットの動詞は、 語根という「根」から、さまざまな語幹という「幹」が生え、 その語幹からいろいろな形が、「枝や葉」のように生成されます。 ここからしばらくやるのは、さまざまな語幹のうち、 「現在語幹」から生成されるいろいろな形です。 文法書によっては「現在組織」と総称していますが、 わずらわしければ「〜組織」という用語は覚えなくても特に不便はありません。
     現在語幹からは以下のような形ができあがります。
    1. 直説法現在(略して現在)……「現」。プレゼント
    2. 直説法過去(略して過去)……「過」。インパーフェクト
    3. 願望法……「願」。オプタティブ
    4. 命令法……「命」。インペラティブ
    5. 現在分詞……「現分」
     「 」内は、当サイトの文法解析表などで用いている略号です。 前講でも書いたように、学問の現場では英語の用語でいきます。 (現在分詞は日本語でいいと思います)。 英語で略すときは、Pres、Impf、Opt、Impv、Pres.Ptというのが普通です。 あまり短くならないし、とくにImpfとImpvはまぎらわしいですね。
     「直説法」は、願望法や命令法と対比していうときにそのようにつけますが、 わずらわしいので、一般的にはめったに言いません。
     このように、現在語幹からできるのは、現在形だけではないのです。 過去形もできますし、願望法や命令法のような、未来的な意味のものもできます。 だから「現在」というとき、 「現在語幹」「現在組織」の意味でいっているのか、 「(直説法)現在形」などの形をさしているのか、 それともサンスクリットの文法を離れて一般論として「現在」といっているのか、 そのあたりは正確に見極めてください。
     たとえば、 「(見る)には現在語幹しかなく、 他はを用いる」などという説明を見たら、 それは決しては現在形しかないという意味ではありません。 過去も願望法も命令法も現在分詞もあります。 これ以外の、アオリストや未来や完了や過去分詞などがない、という意味です。

     それぞれの形の意味は、細かく述べるときりがないので、 さしあたり演習をやるのに十分な程度の説明にとどめます。
    1. 現在……もちろん現在進行中という意味も表しますが、 普遍的な真理という意味でも使いますし、 はては過去や未来もあらわし、 かなり用途は広いです。 現在形を使ってあっても、文脈によって、 過去(た)や未来(だろう、しよう)などと訳してかまいません。
    2. 過去……過去を表します。 あとで出てくるアオリストや完了との違いはとりあえず無視して結構で、 一律に「た」と訳せば十分です。 ただしサンスクリットでは、いままでさんざん出てきたように、 過去分詞を過去形の代用にすることが多いので、 実はあんまり出てきません。
    3. 願望法……簡単に言えば未来なのですが、 願望、意志などさまざまな意味に用いられます。 面倒くさければとりあえず「べし」と訳しておいて、 前後の文脈から「してほしい」「したい」「しよう」「だろう」など、 じっくり訳を考えればいいでしょう。
    4. 命令法……もちろん命令を表しますが、 サンスクリットの命令法の特徴は、なんと3人称も1人称もあるということです。 2人称ならば普通に「せよ」「しなさい」「してください」などと訳せばいいのですが、 1人称や3人称はけっこう迷います。 願望法同様に「べし」と訳しておいて、 前後の文脈から「してほしい」「したい」「しよう」「だろう」など、 じっくり訳を考えればいいでしょう。
    5. 現在分詞……「〜している」だけでなく、 もちろん「〜している人、しているもの」という意味も表します。 過去分詞同様に現在形の代用をしてもいいのですが、 過去分詞ほどには用いられず、現在形のほうが頻度は圧倒的に多いです。 しかし、「〜しながら」というような、 従属節の動詞の代用、 英語の分詞構文のような使い方として、 それなりにけっこう出てきます。

  2. 動詞の類
     くどいですが、サンスクリットでは、動詞の語根をそのまま変化させるのでなく、 いったん「現在語幹」などの中間段階を作ってから、それに語尾などをつけて変化させます。
     現在語幹の作り方は、動詞によってさまざまですが、 標準的な作り方は10種類にわかれます。 現在それらは、第1類、第2類……第10類と呼ばれ、 辞書や語彙集で動詞語根をひくと必ず見出し語の直後のあたりに表示されています。
     今回の講座・補講では、このうちの第1類、第4類、第6類、第10類を扱うことにします。 なぜとびとびかというと、 この順番はインドの文法家たちの順番にしたがっているのですが、 入門者がその順番で勉強するのは非常に困難であり、 順番を組み替えて、 共通性のあって比較的わかりやすいものを最初にやったほうがいい、というわけです。 多くの文法書では、本編およびそのネタ本の『実習梵語学』でもそうですが、 これらを「第1種活用」と呼んでいます。 が、数字を使う用語があれこれ出てくるのは混乱のモトですので、 この補講では「第1種活用」という言い方はしません。 長くてわずらわしくても、「第1・4・6・10類」という言い方をします。 辞書や語彙集には第1種活用などという言葉は出てこず、 第4類とか第6類という類番号がいきなり出てくるということもありますし。

  3. 第1・4・6・10類の現在語幹の作り方
     この4つの類は、それぞれ現在語幹の作り方は違いますが、大きく共通しているのは、 現在語幹が必ずで終わることと、 語幹に強語幹/弱語幹などの区別がなく、単一語幹だということです。 ではそれぞれやり方を見ていきましょう。 第1類はけっこう複雑なので、順番をかえて単純な第6類からいきます。
    • 第6類……語根にをつけるだけです。(例)(打つ)→
      ただし、で終わっているものは、 ないし(内連声でさらにとなる)に変化しますが、 あまり数は多くないので例外として覚えるほうがいいかもしれません。 (例)(撒く)→(死ぬ)→
    • 第4類……語根にをつけます。(例)(喜ぶ)→。 本編の例のように、 語根内のが一定の条件でになりますが、 これは内連声です。
    • 第1類……語根にをつけますが、 このとき語根内の母音がグナになるのが特徴です。 グナと言ってわからなければ本編のセクション7を見てください。今後この母音の階次の話はさんざん出てきますので、 覚えていない人はもうそろそろ覚えましょう。 ただし、母音で終わるものは内連声もからんでくるので要注意です(けっこう多い)。 そのへんを考慮してまとめると、
      • になる……(例)(観察する)→
      • ただし、で終わるものは内連声になる……(征服する)→
      • になる……(例)(成長する)→
      • ただし、で終わるものは内連声になる……(なる)→
      • になる……(例)(運ぶ)→
      というわけです。
      ただし、もとから語幹母音がグナやヴリッディであるものは変化しませんし、 2つ以上の子音で終わる語根は変化しません。 (例)(洗い流す)→(非難する)→
      もっとも、語幹母音がグナやヴリッディでも、 それで終わっているものは内連声がからんできます。 (例)(吸う)→
    • 第10類……語根にをつけます。 このとき、語根内の母音が変化する場合があります。 2つ以上の子音で終わる語根や、長母音であれば変化しませんが、 に変化します(ここまでグナ)し、 になることがあります。 (例)(考える)→(盗む)→
     語根母音の変化や内連声がからんでやっかいですが、 今はとりあえず、6類の、4類の、1類の、10類のだけ覚えてください。
     なお、10類というのは数はそう多くありませんが、 かなり後に出てくる使役動詞と共通していますし、 名詞を動詞化するときも10類になります。

  4. 人称語尾
     人称語尾は1,4,6、10類すべて共通で、以下のようになります。
    1. 現在
      能動態反射態
         
      1人称 1人称
      2人称 2人称
      3人称 3人称
      で始まる語尾では直前のにします。印をつけているものです。

    2. 過去……は語根の頭につけます。
      能動態反射態
         
      1人称 1人称
      2人称 2人称
      3人称 3人称
      で始まる語尾では直前のにします。 印をつけているものです。 ただし能動態1人称単数を除く。

    3. 願望法……※末尾のを抜かしてから以下の語尾をつけます。
      能動態反射態
         
      1人称 1人称
      2人称 2人称
      3人称 3人称


    4. 命令法
      能動態反射態
         
      1人称 1人称
      2人称 2人称
      3人称 3人称


    5. 現在分詞……次のとおりですが、さらに性、数、格にしたがって変化します。
      能動態は(→変化表。 女性形や中性両数主・呼・対格がになるかになるかは、 この変化表の注記を参照)、 反射態は(→変化表)。

     具体的には、 第1類はこちら、 第4類はこちら、 第6類はこちら、 第10類はこちらを見てください。
     「こんなに多くの語尾なんか覚えられないよ」という人も、 現在形の3人称単数語尾、 能動態の、反射態のだけは、何が何でも覚えてください。 というのは、多くの辞書では語根のあとに第何類という類番号が表示されていますが、 その後あたりに現在語幹の形が載っています。それを見れば、 「で終わっていれば、この動詞は能動態の変化をする、 で終わっていれば、この動詞は反射態の変化をする、 両方あれば、両方に変化をする」ということがわかるのです。
     あとはたくさん文を読んで、出てきた形を順次覚えることです。 さしあたり両数は後回しでいいでしょう。 よく出てくるのは、 現在形の3人称単数、3人称複数、1人称単数、 命令形の能動態2人称単数あたりですかね。 あとはたまに願望法や過去の3人称単数や複数が出てきます。

  5. 現実に必要なコツは…
     以上、変化の法則をまとめました。 ここまででもけっこうハードだったかもしれませんが、 実はここまで述べた法則は「作文の法則」、 つまり語根から現在語幹をどう作るか、そしてそれを人称・数にしたがってどう変化させるか、 という「作り手の法則」なのです。 われわれが主に行う文章読解では、この逆に、 現実に出ている形の語根が何で、文法的機能が何かというのを見破る技術が必要になります。 そのためにはこの法則を逆順に読み替えねばなりません。 そうすると次のようになります (以下の手順内のリンクはすべて別窓になりますので、 リンクをクリックして実際に表示させて、 この手順を読みながら確認・操作などしてください)。
    1. まず連声を考慮します。
    2. 人称語尾や語頭のなどを取り払います
    3. 末尾ののあたりを取り払います
    4. まずはこの段階の形で辞書を調べます。
    5. ない場合は母音を母音の階次表に従って上下させます。たいていは弱音階、つまり上段のほうにしてみるとよいでしょう。 このとき内連声規則にも注意します。 具体的には本編のセクション37セクション39あたりです。
    6. 「それでも見つからない。降参!」という場合は、当サイトで検索します。 検索は、語彙検索CGIを使うやり方と、 変化表を使うやり方とがあります。
      • 語彙検索CGIでは、 上の3までの手順で抽出した現在語幹らしい形を、 そのまま(余計な語尾などつけず)「単語先頭」のところに入力し、 その下の検索対象で「動詞語幹」または「両方」に印がついていることを確認したうえで検索します。 なお、表示される形は原則として3人称単数なので、 なりなりの語尾がついた形になりますが、 だからといって最初からそれらをつけて検索してはいけません。 だと思ったら実はだった、ということだってあるからです。 先頭からの一致で検索するのですから、 確実にここまでは正しい、というところまで入れて検索するのがコツです。
      • 変化表では、 左の水色のウインドウの「動詞語幹集」の左のをクリックします。 すると「語幹」、「語幹」……などと表示されますから、 頭文字の項目のをクリックします。 すると、登録されている語根が表示されるので、 「これかな?」と思う語根のをクリックします。 すると右ウインドウに語幹一覧が出てきます。 各語幹は原則として三人称単数形になっています。 現在語幹ならばなりなりがついた形ということですので、 それを考慮して変化を確かめます。 がついているものはそれをクリックしてみるといいでしょう。

     こんな感じです。慣れないうちはなかなか見つけにくく、 すぐに「降参」の技を使ってしまうかもしれませんが、 それはそれでかまいません。 いくらかやっているうちにだんだん慣れてきます。

  6. まぎらわしい形
     人称語尾は基本的にまぎらわしい部分はないと思いますが、 中には非常にまぎらわしい形があるので注意してください。
     それは、能動態現在分詞の男性または中性の単数処格の形です。 上には能動態現在分詞の語幹までしか書いていませんが、 能動態現在分詞はになります。 すると男性または中性の単数処格はになるわけです。 これが現在形の能動態3人称単数のと、まったく同形になるのです。
     現在形の能動態3人称単数というのは動詞の変化形の中ではいちばん頻出する形で、 しょっちゅう出てきます。 いっぽう、現在分詞の単数処格なんてそうそう出てこないと思いきや、 意外にこれがちょこちょこ出てきます。 たとえばは、 後半は(形→名男複主。多くの者たちが)、(能現複3。生きる)で、「多くの者たちが生きる」ですが、 前半は(代男単処、彼)、(能現分男単処、生きる)で処格絶対節を作り、 「彼が生きれば」のような意味になっています。 ここが意味的には主語・述語構造になっているため、 が一見、能動態現在形単数3人称のような気がするので要注意です。 が処格であることから見破ることができます。 一度出てくれば二度とひっかかることはないと思いますが、 いまのうちに指摘しておきます。
     理論的にはほかにも、現在形能動態3人称両数と能動態現在分詞男性(または中性)単数属格(または従格)がどちらもになる、といったものがありますが、 よく出てくるかどうかという点ではにかないません。

     前講の補講で述べたように、 前綴りのある動詞の場合、過去の頭の加音は、 前綴りのあと、動詞本体の前に入り込みます。 このとき前綴りとの間にいろいろな連声が起こるのですが、 (来る)のようにという前綴りの場合は、 加音が吸収されて消えてしまい、 たとえば能動態過去3人称単数はのようになってしまいます。 するとこの形は、能動態現在分詞の中性単数主格・対格とまったく同形になってしまいます。 これもどこかで実例がでてきました。
     動詞っぽい語がで始まっているとついつい加音だと思ってしまいますが、 というのは否定の意味の接頭語もあるので注意です。 だからで始まるものを見たら、過去や(後にやる)アオリストだけでなく、 ひょっとしたらこれは否定の意味の接頭語なのではないかというふうにも考えてみることです。

  7. 実は例外も多数
     本編はこのあと、 演習(6)現在-第1種変化(特殊)演習(7)現在-第2種変化と続きます。 普通なら現在-第1種変化(特殊)に関する補講をするところですが、 省略します。次の補講は現在-第2種変化のところでやります。
     なぜ省略するかというと、 現在-第1種変化(特殊)のところは、 上で述べた1、4、6、10類の例外を単に羅列しているだけで、 「見ての通りです」としか言いようがないからです。
     そう。上で述べたやつは、けっこう例外があるのです。 (1類。行く)→(1類。立つ)→など、 知らなければ絶対に探せません。 だから現在-第1種変化(特殊)の一覧は、 できれば全部覚えておく必要があります。 しかし、これを全部覚えるというのは無味乾燥のきわみですね。
     そこで、ともかく文章を読んで、 探せないなと思ったらこの現在-第1種変化(特殊)のページに戻って確認すること、 それが面倒くさければ、 当サイトの語彙検索CGIで検索することです。 そして、こういう特殊なものは、 出てきたらその場で覚えていくようにします。 そのためにはどんどん文章にあたるしかありません。 がんばってください。
     なお、本編の現在-第1種変化(特殊)でも注記しましたが、 本編で書いている11類〜19類という言い方は、まったく一般的ではないので、 くれぐれも覚えないでください。