[補講 by まんどぅーか]

動詞の変化


  1. 語根と語幹
     さて、いよいよサンスクリット文法の大きなヤマ、 動詞の変化にトライしましょう。
     まず、いままでの名詞や形容詞の変化とくらべ、 動詞の変化の一番の特徴は、 語幹のさらに下に「語根」がある、ということです。 どういうことなのか、 では(作る、する)という動詞の変化の一端を見てください。
    語根語幹変化例
    現在語幹/ 現在:能3単、反3単
    過去:能3単、反3単
    願望:能3単、反3単
    命令:能3単、反3単
    現在分詞(能)男単主、対
    現在分詞(反)男単主、対
    アオリスト語幹/ アオリスト:能3単、反3単
    祈願法:能3単、反3単
    完了語幹/ 完了:能3単、反3単
    完了分詞(能)男単主、対
    完了分詞(反)男単主、対
    未来語幹 単純未来:能3単、反3単
    条件法:能3単、反3単
    未来分詞(能)男単主、対
    未来分詞(反)男単主、対
    複合未来能3単、能1単
    過去受動分詞過去受動分詞:男単主、対
    過去能動分詞男単主、対
    未来受動分詞(1)男単主、対
    未来受動分詞(2)男単主、対
    絶対詞
    不定詞
    ※さらに、受動態、使役動詞、意欲動詞、 強意動詞について、ほぼ上表すべてのような活用があります。

     どうでしょうか。 もうすでに頭がクラクラしてきたという人もいるかもしれません。 特に、一番下の※が泣かせますね。 実は上表はまだ全体の5分の1でしかなかったわけです。
     しかしながら、日本語だって「作る」にさまざまな助詞・助動詞が接続して、 「作らせられなかろうが」みたいな形にふくれあがります。 日本語の場合は「作ら・せ・られ・なかろ・う・が」と区切ったそれぞれを1語とみなすので、 1語の変化はたいしたバリエーションになりませんが、 もしこれを全部語尾とみなして、「作らせられなかろうが」で1語とみなすとすれば、 「作る」の活用表は膨大なものになるでしょう。 そうしたら上表とあんまり変わりません。
     サンスクリットの動詞の活用表は、一目で全体を見ようとするから膨大に見えるので、 個々の部分をとりあげれば意外に単純です。 そして現実には、よく出てくる形と、めったに出てこない形とがあります。 めったに出てこない形には労力をかけず、よく出てくる形を重点的に攻略するとすれば、 実は動詞の活用は簡単といえるかもしれません。

     さて、語根の話です。
     上表の変化は、同じ1語の変化でありながら、ずいぶんバラエティーに富んでいます。 たとえば上から6行分ぐらいは、連声に注意すれば、 ほぼとかをベースにした変化になっていますが、 中ほどの「完了なんたら」と書いてあるあたりは、 だのだのをベースにした変化になっています。 また、下から2行目の絶対詞や、下から5行目の過去受動分詞などは、 をベースに変化しているようです。
     このように、同じ1語の変化でも、かなり変化します。 これをいきなり、1つの源からの変化というふうに説明するのは無理です。 よく見ると、変化のベースには数種類のグループがあるようです。 だから、「1つの源→現実の形」というモデルではなく、 「1つの源→中間段階→現実の形」というモデルで説明すると、 すっきり整理できそうです。
     さて、比喩はおしまい。そろそろ正しい専門用語を使いましょう。 サンスクリットの動詞は、「語根→語幹→変化形」という形で変化するのです。 1つの源である「語根」から、さまざまな「語幹」ができ、 それに語尾なり接頭辞なりがついて、現実の変化形ができるわけです。 もう1回比喩を使えば、 1つの「根」からさまざまな「幹」が生え、それらの幹に枝や葉や実がなるという、 まさに大木のような変化をしていくというわけです。
     表記の約束ごととして、 語幹はいままでどおり、「さらに語尾などがつくよ」という意味をこめて、 末尾に−印をつけます。 語根のほうは、頭に√をつけます。ルート記号ですね。だって、語根(=ルート)ですもん。
     それから例によって、学問の現場では、「語根」「語幹」という日本語はあまり使いません。 語根は「ルート(root)」、語幹は「ステム(stem)」といいます。
     辞書では動詞は語根で載せます。 親切な辞書では、それぞれの語幹をも見出し語として載せてくれているかもしれませんが、 それもわかりにくい形に限られますし、 プロが使う大きな辞書になればなるほど載らなくなります。
     つまり、現実の形を見たら、今までの名詞や形容詞では、 それらから語尾を抜いた語幹を見ればよかったのに、 動詞ではさらに語根を見抜き、それを辞書で探すということになります。 たとえばを見たら、でなく、さらにその根底にあるを見抜いて、 それを辞書で探すわけです。 だけはラクだったのですが、 はかなり形が変わっているので、慣れないうちはタイヘンです。 が、慣れてくれば、この方法が実は一番親切なんだということがわかるでしょう。 たとえばパーリ語の動詞は、ほぼサンスクリットと同様の変化をしますが、 パーリ語の辞書では動詞を現在形で載せる習慣になっています。 これだと、現在形をひくのはとっても簡単ですが、 他の形から現在形に至るのはとってもタイヘンです。 ま、いずれは苦労が待っているわけで、 サンスクリットのように最初で苦労するか、 パーリ語のようにあとで苦労するかという違いだけですね。 なお、古典ギリシア語もやはりパーリ語式で、 動詞は現在形で載っているので、 他の形から辞書をひくときに苦労することがあるらしいです。

  2. 能動態と反射態
     動詞の変化にどのような形があるかは、上表で見てください。 どうせ今みても「いっぱいあるのね」ぐらいのことしかわからないと思います。 順を追ってゆっくりやっていくのであわてないでください。
     それより何より、サンスクリットの動詞の変化には、 他の言語にはない大きな要素があるのです。 フランス語など、他のインド・ヨーロッパ語族の言語では、 動詞は「1人称単数、2人称単数、3人称単数、 1人称複数、2人称複数、3人称複数」というふうに、 主語の人称と数に従って変化していきました。 しかしサンスクリットでは、もう一つ重大なファクターがあるのです。 それが「能動態」「反射態」です。 だから「能動態1人称単数、能動態2人称単数……能動態3人称複数」、 そして「反射態1人称単数、反射態2人称単数……反射態3人称複数」 というふうになるのです。
     能動態と反射態の違いは、多くの場合は特にありません。 ただの約束事だと思ってください。 つまり、変化の仕方に大きく二通りあり、 多くの動詞は、能動態的に変化するか、反射態的に変化するかに分かれるのです。 たとえば(食べる)は必ず能動態的に変化しますし、 (求める)は必ず反射態的に変化していきます。 そういうことを辞書で調べるときは、 見出し語のあとに書かれている現在形の変化で見ます。 これから順次やっていきますが、 能動態の現在形(3人称単数)は、 反射態はという形で終わります。 だから、で終わる形が書かれていれば、その動詞は能動態型変化をするのだと、 で終わる形が書かれていれば、その動詞は反射態型変化をするのだとわかります。
     動詞の中には、能動態、反射態、両方に変化するものがあります。 このときは大ざっぱな傾向として、 能動態は「他人のためにその動作をする」ことを表し、 反射態は「自分のためにその動作をする」ことを表します。 たとえば(祈る、祭祀をする)は、 能動態のときは「他人のために祭祀をする」、 反射態のときは「自分のために祈る」という意味になります。 ただしこの違いも、かなりいい加減になることがあります。
     なお、学問の世界では「能動態」「反射態」という日本語の用語は、例によってあまり使われません。 しかもこの場合は、サンスクリットの「パラスマエパダ(。能動態)」 「アートマネーパダ(。反射態)」というふうに言いますし、 略号もP、Aというふうにサンスクリットのものを使います。 英語ではそれぞれ、active、middleというふうに言うのですが、英語もあまり使われません。 というのは、 能動態と反射態の対立は、ヨーロッパ人には、 ギリシア語にある能動相と中動相の区別のように見えるようで、 そこでギリシア語文法に用いられる用語をそのままサンスクリットに持ち込んでくるというわけです。 しかし、現在ではサンスクリットの用語、パラスマエパダ、アートマネーパダが普通です。 なお、略号になると、アートマネーパダはAですが、 ギリシア語文法的なactive、middleという言い方を採用している文法書 (たとえばBucknellの『Sanskrit Manual』)では、 やはりA、Mという略号を使ってしまうために、 こんどはAがパラスマエパダのほうになってしまうので混乱してしまいます。
     当サイトでは「能動態」「反射態」、略すときは「能」「反」でいきます。

  3. 受動態、二次活用動詞
     後で受動態をやるときに言えばいいことなのですが、 文法書の中には上の「能動態」「反射態」と並んで「受動態」をあげ、 サンスクリットではまるで3つの態が3本柱のように変化していくように説明しているものがあります。 早い話が、本編の「動詞の変化」でもそういう書き方になっています。 ギリシア語の動詞が能動相、中動相、受動相という3本柱構造で変化するので、 ギリシア語をやった人の目にはサンスクリットの動詞もそのように映るのでしょう。 しかしサンスクリットの受動態は、 普通の動詞とは別個の、独立した、 反射態しか存在しない動詞であるかのように変化していきます。 だから一通りいろいろな変化をざっとやってから、 最後にやるのがよいようです。
     その他、普通の動詞に一定の変化を与えて、 使役動詞、意欲動詞、強意動詞という別の動詞を作ることができ、 それがまた普通の動詞同様にずらずらずらっと変化していくのです。 この補講の一番上の表の※のところに、 「※さらに、受動態、使役動詞、意欲動詞、 強意動詞について、ほぼ上表すべてのような活用があります。」 と書いたのがこのことです。 そしてたとえば「使役動詞の受動」のように組み合わさったりするので、 いったいいつ動詞の変化表は果てを迎えるのか、と気が重くなりますが、 これは「作る」に対して「作られる」「作らせる」「作らせられる」という動詞を作って、 それぞれ「作った」「作られた」「作らせた」「作らせられた」、 「作れば」「作られれば」「作らせれば」「作らせられれば」……、 のように活用させるようなもので、 仕組みさえうまく分析することができれば、全部暗記する必要など全然ありません。

  4. 連声規則をたえず参照しよう
     動詞の変化はいっぱいあって大変そうですが、 語尾はけっこう共通しているものが多いので、意外に楽です。
     むしろ動詞の変化は、語根から各種語幹を作る技術、 また逆に語幹から語根を見抜く技術のほうが難しいかもしれません。 このときに連声規則や母音の階次(グナ、ヴリッディというやつです)が大活躍します。 特に面食らうのは次の3点でしょう。
    1. 語頭へのの加音……過去とアオリストでは、語尾をつけるだけでなく、 語頭にをつけます。 このとき、母音で始まる動詞では、その母音ととが合体して、 さまざまな連声が起こります。 まして前の語が母音で終わっていたとしたら、そちらとも合体して、 ますます複雑な連声が起こります。
    2. 動詞前綴り……サンスクリットでは動詞の前に接頭語をつける言い方が多いです。 英語でいえば、overcome、uploadみたいなもんでしょうか。 ただ英語ではむしろ、動詞と前置詞や副詞とが組になった熟語が多いですが、 サンスクリットでは動詞前綴り型が原則です。 この動詞前綴りと動詞本体とは通常分かち書きされませんし、 またさまざまな連声が起こります。 さらに、1.の加音は、この動詞前綴りと動詞本体の間に割り込む形になるので、 そういう場合の連声はいっそう複雑になります。
    3. 重複……語根から語幹を作るときに、 (与える)→のように、音節をダブらせる方法で作るものがあります。 これを重複、重字、長字などといいます。当サイトではとりあえず重複と言っておきます。 この重複にはこまかな規則があり、 (置く)はかと思いきやになったり、 (捨てる)→に至っては、どこがダブってるの? という感じになります。 今説明してもわかりにくいと思うので、出てきたときにやりましょう。 さしあたりは2-2-8 現在-第2種35789類で初登場します。
     こんなふうに動詞の変化では音に関する規則が大活躍するので、 たえず音論、外連声、内連声の項と照らし合わせてください。 今までは内連声はほとんど無視してきましたが、 これ以降はこちらも重要になります。

  5. 用語
     例によって、学問の現場では日本語の用語は用いられません。 原則として英語の用語でいきます。 当サイトではわかりやすさと字数節約の観点から日本語の用語を用いますが、 大学やカルチャーセンターでサンスクリットを勉強している人は、 先生はきっと英語で言わせると思いますのでご注意ください。 太字にアクセントをつけて発音しましょう。
    • 語根……ート(root)
    • 語幹……スム(stem)
    • 能動態……パラスマエダ・パラスメーダ(Parasmaipada)
    • 反射態……アートマネーダ(Atmanepada)
    ここまでは出てきましたね。
     「1人称」「2人称」「3人称」「男性」「中性」「女性」「単数」「両数」「複数」は日本語でいいと思います。あとは……
    • 現在……プゼント(present)。 前に直説法(インディカティブ(indicative))をつけるのが正式ですが、 わずらわしいのでたぶん不要でしょう。
    • 過去……インパーフェクト(imperfect)。これも「インディカティブ(直説法)」をつけるのが正式ですがたぶん不要。
    • 加音……ーグメント。英語ではホントは「オーグント」なのですが、 そう発音するとたぶんイヤミです。
    • 願望法……プタティブ(optative)
    • 命令法……インラティブ(imperative)
    • 未来……フューチャー(future)。 単純未来と複合未来とありますが、単純未来はそのままフューチャーと言えばOK。 複合未来は日本語でいってもいいと思いますが、 「ペリフスティック(periphrastic)」をつけます。
    • アオリスト……オリスト(aorist)
    • 祈願法……プカティブ(precative)
    • 完了……ーフェクト(perfect)。複合完了に関しては上の複合未来の話と同様。
    • 受動態……ッシィブ(passive)
    • 使役動詞……ーザティブ(causative)
    • 意欲動詞……ディジデティブ(desiderative)
    • 強意動詞……インンシブ(intensive)
    • 不定詞……インフィニティブ(infinitive)
    • 絶対詞……ジェランド(gerund)またはアブソリューティブ(absolutive)。 前者のほうがよく使われます。もともとは「動名詞」という意味で、ちょっと違いますね。
    • 動詞的形容詞……ジェンディブ(gerundive)。 未来受動分詞と呼ばれるものです。 詳しくは出てきたときに説明しますが、 英語の用語が「絶対詞」ととても紛らわしいので注意です。
     これ以外の分詞類は、たぶん日本語で言って大丈夫です。