[補講 by まんどぅーか]
名詞・形容詞(1)
- 名詞と形容詞は同じ
サンスクリットでは、名詞と形容詞に本質的な違いはありません。
形容詞とされるものは、そのまま、
「〜なる者」「〜であること」などという意味の名詞としても用いられます。
たとえば




は「若い」という意味の形容詞ですが、
そのまま「若者」という意味の名詞としても用いられます。
この逆に、名詞がそのまま形容詞になることは、単独の形では少ないと思いますが、
後になって複合語をやると、そういう例がいろいろでてきます。
よって、ここからしばらく、名詞と形容詞をまとめて説明します。
- 語幹
それから、上の




もそうでしたが、辞書や語彙集などで、
名詞や形容詞のあとに - という印がついているのに気づいたでしょうか。
サンスクリットの名詞や形容詞は、
辞書や語彙集に載っている形のままでは用いられず、
これから説明する性・数・格に従って変化をするのです。
変化はおおむね、辞書の形のおしまいにいろいろな語尾がつく形になります。
そのような語尾がつく前のおおもとの形、
辞書や語彙集に載っている形のことを「語幹」といいます。
そして語幹をあげるときは、
「まだこれは語幹だよ。これから語尾がつくよ」という意味をこめて - という記号をおしまいにつけるのです。
中には語尾がつかない場合があります。




(星)という名詞の単数主格形(〜は、という形)はやっぱり


です。
また、複数主格形は



となりますが、
そのあとに

(〜もまた)という語が来ると、
すでに学習したサンディの法則によって、







となり、「元に戻って」しまいます。
が、それらはたまたま結果的に現実の形が語幹と同一になったというだけであって、
語幹そのものではありません。
そういったことを明らかにするためにも、- の有無には気をつけるようにしてください
(もっとも、本編のネタ本『実習梵語学』には一切 - 印はないんですけどね)。
- 性
「名詞に性別がある」というのは、
インド・ヨーロッパ語族の言語にひろく見られる性質なので、
すでにそういう言語を勉強した人はこの項はナナメ読みすれば結構です。
が、英語には性の区別がありませんので、ちょっと詳しく説明します。
もっとも英語にも、一昔前までは性の痕跡があり、
たとえば国の名前やmoon, sea, nature, fortune, peace など一部の名詞は女性扱いして、
itでなくsheで受ける、という話があったのですが、いまではそんな語法もなくなっています。
たぶんいまの高校生が使っている英文法の本にはそんな話は載ってないでしょう。
サンスクリットの名詞は、男性、中性、女性のどれかの性を持ちます。
人間や動物のように性別のあるものについては、
原則として男性(オス)=男性名詞、
女性(メス)=女性名詞になります。
だから



(父)、



(馬)は男性名詞、




(母)、



(雌馬)は女性名詞です。
もっともなかには、









(女性)のように、意味は女性なのに男性名詞とか、


(牛)のように男女両方が同形だとかいう変り種もありますが、
おおむね自然の性と文法上の性とは一致します。
では性別のないものや抽象概念などはみんな中性かというと、
必ずしもそうではありません。




(風)は男性、



(声)は女性、




(骨)は中性、という具合に、
現実の意味との結びつきは恣意的であって、特に法則らしいものはありません。
むしろ名詞の性は、意味などよりも、名詞の語末の形と密接な係わり合いがあります。
たとえば
、
、
で終わる名詞は、ほぼ例外なく女性名詞です。
これに対して
で終わる名詞は、男性か中性かのどちらかです。
もっとも男性か中性かまではわかりませんし、

や
で終わる名詞などは男性、中性、女性のすべての可能性があるので、
語末の形で見分けるというのも万能ではありません。
こういう名詞の性は何に必要かというと、
これらの名詞を修飾する形容詞、
あるいはこれらの名詞が主語になった場合の述語形容詞は、
その名詞の性に応じて変化させなければなりません。
また、指示語で受ける場合も、
男性名詞は「彼」、女性名詞は「彼女」、中性名詞は「それ」で受けることになります。
われわれはサンスクリットで会話や作文をする必要性は低く、
もうすでに名詞の性がしっかり守られた文章を読解するという作業が主ですから、
名詞の性を一生懸命覚える必要はなく、うろ覚えでも実害はないといえます。
が、辞書や語彙集で名詞を調べるときは、意味だけじゃなく必ず性をメモしておくことです。
それが読解のヒントになることが多いですから。
- 数
サンスクリットの名詞は、
1つだけ(またはそもそも数えられない)なら単数形、
2つならば両数形、
3つ以上ならば複数形になります。
英語にも単数と複数の区別はありますが、
サンスクリットでは2つを表す両数という形が存在するので、
複数は3つ以上になります。ご注意ください。
また、英語の場合は、形容詞に単数と複数の区別がありませんので、
名詞が複数になったからといっても形容詞の形に変化はありませんが、
サンスクリットでは、その名詞にかかわる形容詞
(修飾している形容詞、主語述語関係になっている形容詞)も、
名詞の数と一致させて変化させねばなりません。
- 格
「〜が」「〜を」「〜に」「〜へ」「〜の」などのように、
その名詞と他の名詞や動詞などとの関係は、
日本語では「が、を、に、へ、の」などという、助詞と呼ばれる語を接続させて示しますが、
サンスクリットでは「格」という方法で表現します。
具体的には、主格だと

、対格(目的格)だと

、
というふうに、格に対応した語尾をつけていくということになります。
「そしたら助詞と同じじゃないか」と思うかもしれませんが、大きく違います。
助詞はただの語尾ではなくしっかりした意味を持っている、
たとえば「〜を」は「目的語を表す」という意味を持っているうえ、
それ以外の余計な情報は持っていないので、
「本を、娘を、寒いのを…」のようにいろいろな語にオールマイティに使うことができます。
しかしサンスクリットの格変化語尾はそうではありません。
たとえば上にあげた

は、
たまたま「
で終わる男性名詞の単数主格語尾」であるのに過ぎず、


という語尾の
にも
にも主格という意味が含まれているわけではないのです。
早い話が、両数主格語尾は
、複数主格語尾は

と、ちっとも一貫性がありませんし、
子音で終わる語の場合は同じ

が単数属格(所有格)語尾になってしまいます。
また、英語でも、I - my - me のように、
代名詞は格変化によって単語全体が変化してしまうことがありますが、
サンスクリットの代名詞もやはりそのような激しい変化をします。
それらの点で、日本語の助詞とは全然違うというわけです。
さて、英語の格は主格、所有格、目的格の3つだけですが、
サンスクリットはなんと8つもあり、
主格、対格、具格、為格、従格、属格、処格、呼格という名前がつけられています。
それらの意味については本編を見てください。
必ずしも日本語の助詞ときれいに対応しているわけではありませんが、
そういう日本語との違いはおいおい覚えていってください。
そして、名詞に修飾する形容詞は、その名詞と格を一致させねばなりません。
- 英語の用語
以上、名詞・形容詞については、3つの性、3つの数、
8つの格があるといい、それぞれの名称を日本語で挙げましたが、
学問の現場ではこれらは英語の名称で呼ばれるのが普通です。
大学の教室ではほぼ確実、
カルチャーセンターみたいなところでサンスクリットを勉強する場があるとしたら、
たぶんそこでもそうでしょう。
格の名称はほぼ確実に英語で言わせられます。
数もたぶん英語ですが、日本語で言う場合もあるかもしれません。
性は日本語で男性、中性、女性と言うほうが普通かもしれません。
特に格については、日本語の用語が統一されていないという問題点があり、
たとえば従格は奪格、為格は与格など、さまざまな別名があります。
そこがサンスクリットの先生方の嫌うところとなっているわけです。
私は、
「そしたらみんなで相談して日本語の用語を統一してくれよ。
それをしないのは怠慢だ」と思うんですけどね。
当サイトでは、日本語のほうが漢字1〜2字で表現できて短くていいので日本語で書いてますが、
どこか教室でサンスクリットを勉強する機会のある方は、
英語でも言えるようにしておいてください。
念のため、カタカナで書くと(太字部分がアクセントです)、
- 主格(Nominative)……ノミナティヴ。※ノミネーティヴじゃありません。
- 対格(Accusative)……アキューザティヴ
- 具格(Instrumental)……インストゥルメンタル
- 為格(Dative)……デイティヴ
- 従格(Ablative)……アブラティヴ
- 属格(Genitive)……ジェネティヴ。※スペルはGenetiveじゃありません。
- 処格(Locative)……ロカティヴ。※ロケイティヴじゃありません。
- 呼格(Vocative)……ヴォカティヴ
読み誤っている人は意外に多いですからね。
- 多語幹の話と語尾一般形の話は後回し
本編50では多語幹の話、51-52では語尾一般形の話が出ていますが、
これは後回しにしてください。
具体的には、
名詞・形容詞(4)(子音で終わる語の格変化)まで後回しにします。
- まずは

で終わる男性名詞の変化を覚えよう
さて、いよいよ名詞の変化を覚えます。
まずは
で終わる男性名詞の変化です。
非常に多く出てきますので、覚えてしまったほうが何かとあとで好都合ですが、
覚える自信がなければない人は、無理に覚えようとしなくても結構です。
そのかわり必ずやってほしいのは、
の2点です。

で終わる男性名詞の変化表は
変化表のとおりです。
クリックしたら、不毛な作業だと思わず、だまされたと思って、
全部手で書き写してください。もちろん語尾だけじゃありません。全部です。
一番下の※で始まる注意書きは…、まあよしとしましょう。
なお、格の順序は伝統的な順序に従っていますが、
一番下の呼格は、一番上の主格と形が共通になることが多いので、
主格の次に書く流儀があります。ゴンダ文法などはそうですね。
ですから、ゴンダ文法を使っている人は、その順番で書いていただいて結構です。
とりあえず語尾の部分だけ抜き出してみましょう。
3性×8格で24通りにもなるかと思ったら、
両数は、主=対=呼のグループと、具=為=従のグループと、属=処のグループと、
3種類しかないですね。
それから複数では、為=従ですね。
実はこれらのことは、この表に限らず、
今後のすべての名詞・形容詞の変化に共通する法則です。
ただし、書き写すときは、ズルをしないで、
同じものも一つ一つ丁寧に書いたほうがいいです。
サンディ関係で気をつけるべきことは、
単数従格の

は、次に鼻子音(
や
)が来ると、


になってしまい、複数対格と区別がつかなくなってしまいます。
ゴンダ文法の練習題1-20(会員専用)が、
この点をついたうまい例文になっています。
あとは注意書きにあるように、
で終わっているものは、
特にサンディが起きなくても、現実に目に見える形になると、

になります。
それから

は、
になったり
になったりしますし、


も
になるなど、サンディがややこしいので注意。
もっともこれらは、
男性名詞の単数主格と複数主格なので、
さんざん出てきますから、練習問題をやってるうちにイヤでも覚えてしまうでしょう。
そういえば単数主格が

で、複数主格が

ですから、
違いは母音の長短だけですね。
ローマ字の場合、疲れ目で目がかすんでると間違えたりします。

で終わる中性名詞

で終わる名詞には男性名詞のほかに中性名詞があります。
さっそく変化を覚えましょう。変化表は
こちらです。
語尾だけ抜き出すと、
黄色部が男性と違うところです。
要するに、主格、呼格、対格が違うだけで、あとは同じです。
そして、単数、両数、複数とも、主格=対格になっています。
実は「いかなる場合でも主格=対格になって、区別がつかない」というのが、
中性名詞の一大特徴です
(なんでもこれはサンスクリットだけでなく、
インド・ヨーロッパ語族のすべての言語がそうらしいです)。
このことが文の読解の上でけっこう人を悩ませることがあります。

で終わる名詞は男性と中性とあって、
どっちだったかよく迷うことがあります。
しかし単数主格の形は異なるので、
単数主格形を覚えればすぐに区別がつくでしょう。
実際、本のタイトルなどは単数主格形で書かれていることが多いですし、
英梵辞典の訳語も単数主格形で載せてることが多いです
(その際、男性名詞のほうは

でなく

という形になっています)。

で終わる女性名詞

で終わる女性名詞の変化はこちらです。
語尾だけ抜き出すと、
ずいぶん様相が違います。
意外なことに、両数は中性とまったく同じですね。
複数主格などの語尾

は、
有声音の前ではサンディで
になってしまい、
単数主格と区別がつかないことがあります。

で終わる形容詞
このページの3.-5.のあたりで書いたように、
形容詞は、修飾する名詞の性・数・格に一致させます。
また、主語述語関係にあるときも、述語形容詞は、主語の名詞の性と数に一致させます
(格はどうするかというと、主語は主格のはずですから、述語も主格というわけです)。
性・数・格を一致させるというのは具体的には、
男性名詞に対しては(男性名詞を修飾したり男性名詞の主語に対する述語になったり。
以下同)上記の男性名詞の変化を、
中性名詞に対しては上記の中性名詞の変化をするということです。
では女性名詞に対してはというと、

という語尾を
に変えて、あとは上記の女性名詞の変化をします。
とすると(実際には同じ形の部分がいろいろあるものの、理論的には)、
3性×3数×8格で、形容詞は72通りの変化をするというわけです。
中には変り種として、男性と中性のときには
なのに、
女性形のときは後の講で述べる語尾
型になる形容詞もありますし、
これもまた後の講で述べる代名詞と同じ変化をするものもあります。
が、とりあえず、
で終わる形容詞は、
女性形は
になると思ってください。
- 補足
単語の中には単数具格のところで


でなく


となるものがあります。
これは語幹内に
や
や
や
があるときに、
その影響で
が
になってしまうという内連声規則があるのです。
実はこの現象が起こる条件はもっと複雑であり、入門者が理解するには荷が重過ぎます。
詳しく知りたければこちらを見てください。
が、サンスクリットで会話や作文をするわけではなく、
読解をするだけであれば、もうすでにこの規則が適用されたテキストを見るだけの話です。
デーヴァナーガリーならば
と
はかなり字形が違いますが、
ローマ字では単に点があるなしの違いです。
だから、「nの下にたまに点がつくことがあるけど気にするな」だけで済んでしまいます。
無理にこの規則を覚える必要はありません。
当サイトの語形変化表ではこの現象が起こるものを別に作ってあり、
語彙集からの変化表リンクはそれを考慮しています。
同様に、
で終わる男性・中性名詞の複数処格の


の
も、
実は
が内連声規則で変化したものです。

で終わる女性名詞では


となっていることからもわかるでしょう。
これも詳しく知りたければ上記の
が
になる話の下のほうに書いてあるので見てください。
ですがこの変化は、
の前の母音と、
の後の
という母音の影響で起こることであり、
語幹の形に関係ありません。
要するに
、
で終わる名詞・形容詞の変化に関しては、
一切の例外なくこうなるわけです。
だから「この変化表の通りだよ。ともかく覚えなさい」で済んでしまいます。
だからこの法則は気にする必要はありません。