代名詞の変化
- 代名詞の変化
パーリ語の代名詞には、人称代名詞、
指示代名詞、疑問代名詞、関係代名詞の4種類があります。
際立った特徴としては以下の通りです。
- 呼格がない。
- 人称代名詞の1人称、2人称は、性による違いがない。
- 3人称代名詞は、指示代名詞としても用いる。
- 独特の短い形が共存している部分がある。
- 普通の名詞・形容詞の変化と若干違う部分がある。
- いくつかの形容詞は、代名詞的に変化する。
- 関係代名詞は、他の代名詞とセットで用いるのが原則。
変化表をここに引用するのはわずらわしいので、
以下のリンクを必要に応じてクリックしてみてください。
1人称代名詞(私)       |
2人称代名詞(あなた)       |
3人称代名詞・指示代名詞(彼/それ/彼女)   /   /    |
指示代名詞(これ)     (    ) |
指示代名詞(それ・あれ)      |
指示代名詞(それ・あれ)      |
指示代名詞(これ)     (   ) |
疑問代名詞(誰、何)     |
その不定形(誰か、何か)       |
関係代名詞(〜する人・もの)     |
以下、それぞれの使い方を簡単に補足します。
- 人称代名詞
単数の具・奪・為・属格、複数ではさらに主格に、短い形が共存しています。
長い形も短い形もどちらもよく用いられます。
短いほうはさまざまな格に共通する形であるうえ、
特に2人称の
は、3人称にも出てきたりするのでまぎらわしく、注意が必要です。
現在のヒンディー語/ウルドゥー語では2人称単数は、
非常に用途の限定された卑語になっているので、たとえ単数でも複数にします。
しかしその2人称複数もやや卑語性がこめられているので、
一般的には3人称複数を2人称の代用として用いるということがあります。
ドイツ語のSieも同様ですね。英語のyouは本当は2人称複数です。
このようなことは多くの言語に見られると思います。
パーリ語の2人称は特にそういうことはないようで、2人称単数も平気で出てきます。
が、敬語的用法として、1人称と2人称は、たとえ単数であっても複数を用いることがままあります。
それから、前回に出てきた







(尊者)という名詞を、
2人称代名詞の代用として使うこともできます。
もっとも文法的には3人称扱いになります。
- 3人称代名詞と指示代名詞
1人称と2人称の代名詞以外は、性による変化もあります。
3人称代名詞

は、女性形では

、中性形では


や


などとなります。
もちろんまださらに数と格による変化もあります。
なお、
どの形をもって辞書などの代表形にするかは人それぞれ語それぞれというところがあります。
この語に関しては中性形の


のほうを代表形にするか(アンデルセンのリーダーの語彙集、当サイトの語彙集)、
もしくはさらに抽象化された

を代表形にするか(PTSの辞典、水野辞典)だと思いますが、




(これ)は、
多くの辞書ではむしろ男性形の



を代表形にしているようで、
このあたりうまく統一がとれていません。
このような基本語中の基本語はあんまり辞書でひく機会はないかもしれませんが、
自分の使っている辞書がどの形を代表としているかは、
ひまなときに一度調べておくといいでしょう。
なお、男性形だから「彼」、女性形だから「彼女」という訳語になるとは限りません。
モノを表す男性名詞や女性名詞をうけて男性形や女性形を使っている可能性も大ありです。
だから「彼・彼女・それ」のどれで訳すかは、
性だけで判断せず、何を指しているかによって判断します。




や


や



は指示代名詞ですが、
人を指して「この人」「その人」などの意味で使っているかもしれないので即断は禁物です。
そういう場合には意訳で「彼」「彼女」と訳すほうがいいケースだってあると思います。
属格の訳し方には注意。
不用意に「この・その・あの」と訳さないこと。
たとえば








(属格・主格)は「その馬は」ではありません。
「その馬は」なら





(主格・主格)です。









は「彼の馬」というふうに訳します。




の変化は

の前に
をつけた形です。
後に述べる

(疑問代名詞)や

(関係代名詞)は

と同じ変化をします。
このように、

の変化は他の代名詞の変化の基本になっているので、
しっかり覚えておきましょう。
- 疑問代名詞
疑問代名詞は

で、
中性単数主格と対格が

になるほかは、


の変化と同じ(冒頭を
にする)です。
訳し方はおおむね、男性・女性形ならば「誰」、中性形ならば「何」となりますが、
人以外の男性名詞を受けて男性形になることだってあるのかもしれませんから、
男性形→誰、という即断は禁物です。
「何、と聞くからにはその語の文法性がわかるはずがないのだから、
男性形になるはずがない」と思うかもしれませんが、
そうともいえません。
次の演習5にうまい例があるのでお楽しみに。
これ以外の疑問は、疑問副詞を用いて表します。
たとえば「どこ」は



、



、



「いつ」は


、


などを使います。
また

の中性形

は、
「なぜ・どうして」の意味の副詞にもなりますし、
単純疑問文を作るのにも使われます。
疑問代名詞や疑問副詞のあとに
をつけると、不定の意味になります。
ローマナイズの流儀によっては、
の前にスペースを入れることもあります。
基本的にはそのままくっつければいいのですが、
で終わるものは
の影響で
に変わるので注意が必要です
(




→



)。
また
はもともと

だったので、特に次に母音で始まる語が来るときには、


という形に戻ることがあります。
- 関係代名詞
関係代名詞は

で、


の変化と同じ(冒頭を
にする)です。
パーリ語の関係代名詞は、原則として単独で用いず、
主節のほうでも対応する代名詞を用います。
関係代名詞は日本語にないので訳に面食らいますが、
「まずは普通の代名詞に置き換えて、『彼・彼女・それ』と訳し、
あとで主節とつなげる」
というのが訳のコツです。
二つほど練習してみましょう。



































……まずは「彼は法を見る。彼は仏陀を見る」と訳します。
次に前半の内容をうまく後半の「彼」のところにぶちこめばいいので、
「法を見る人は仏陀を見る」となります。











































……まずは「彼は仏陀を見る。仏陀は彼に法を示す」と訳します。
次に前半の内容をうまく後半の「彼」のところにぶちこめばいいので、
「仏陀を見る人に仏陀は法を示す」となります。
2番目の例のように、
前半と後半の代名詞の格が違うことも珍しくありませんし、
後半は

に限らず、




などでもいいし、





(すべて)などの語になったりすることだってあります。
まれには英語などのように、対応する代名詞を用いずに、
単独で関係代名詞を用いることもあります。
また、イディオム的に用いられる関係代名詞もあり、
特に具格の


は、



…


〜で、
「…のあるところに〜」のような意味になります。
- 代名詞的に変化する形容詞





(すべての)、





(前の)、




(他の)、




(他の)など、いくつかの形容詞は、


のような代名詞的変化をします。





の例はこちらです。
普通の
型形容詞とどこが違うかというと、
|  型形容詞 | 代名詞型形容詞 |
男性複数主・呼格 |   |   |
男・中性複数為・属格 |      |     、       |
女性複数為・属格 |      |     、       |
女性単数為・属格 |     |     、    |
という点です。
語彙集に列挙されている変化形のうち、
男性複数主格が
だったら代名詞型だ、と判断するのがポイントです。
サンスクリットとの対照
- パーリ語の代名詞の特徴はサンスクリットの代名詞の特徴と共通しているので、
サンスクリットに慣れていればそう難しい話はありません。
- 代名詞型形容詞と

型形容詞の相違点は、
サンスクリットではこのほかに男性単数処格、中性単数為・従・処格、
女性単数処格がありますが、
パーリ語では
型形容詞の変化の中に代名詞的変化
(処格でいえば




、




など)がすでに混入しているので、
この点では共通しています。
逆に複数為格は、サンスクリットでは違いがないのに、
パーリ語では違いが生じています。