動詞の変化(総論、現在の復習)
- 動詞はどう変化するか
名詞や形容詞は性・数・格に従って変化しますが、
動詞は基本的には人称と数、それから後述の「態」に従って変化します。
性による変化はありません。
以下、さまざまな形が出てきますが、
原則としてすべて、人称と数と態に従って変化します。
人称は1人称(私)、2人称(あなた)、3人称(彼、彼女…)があります。
数は単数と複数があります。
英語などにないものとして、態の区別があり、
能動態と反射態とに分かれます。
もともと能動態は「他者に及ぼす動作」を、反射態は「自分のための動作」を表すのですが、
実質的には意味の違いはなく、動詞ごとに、
「この動詞は能動態的に活用する」「この動詞は反射態的に活用する」
というのが習慣的に決まっています。
しかもパーリ語では反射態はすたれており、
ほとんど能動態のみが用いられ、
反射態は詩句の中などで思いついたように時々使われる程度です。
とりあえず変化表の中の反射態の部分は覚えなくてもいいでしょう。
英語では能動態をactive、反射態をmiddleまたはmediumといいますが、
実は日本語や英語の用語よりもはるかに用いられているのが、
サンスクリットの言い方であるパラスマエパダ(









)、
アートマネーパダ(








)だと思います。
パーリ語ではパラッサパダ(









)、
アッタノーパダ(








)というんですが、
パーリ語を勉強している人は同時にサンスクリットもできる人が多いので、
サンスクリットの言い方を流用する人が多いのです。
当サイトの語彙集は英語なので、
上記の用語は[ ]内に記したように略されています。
- 人称……1人称[1]、2人称[2]、3人称[3]、
- 数……単数[sg.]、複数[pl.]
- 態……能動態[act.]、反射態[med.]……パーリ語の動詞はほとんど能動態なので、act.と明記することはまれ。
- 動詞の法と時
結論からいえば「現在」「アオリスト」「未来」「願望法」「命令法」の5つだと思ってかまいません。
本当は「現在」「アオリスト」「未来」は「直説法」という1つのグループに属し、
願望法や命令法と対立した構造になっているのですが、
願望法や命令法の中に現在・アオリスト・未来があるわけではありませんので、
「5つの形がある」と思うほうがわかりやすいと思います。
実をいうと法にはもう一つ「条件法(conditional)」というのがありますし、
直説法には現在、アオリスト、未来以外に「不定過去(imperfect)」「完了(perfect)」があるのですが、
ほとんど出てこないので無視してかまいません。
現在(present)はもうすでに出てきました。
本当に現在のものだけでなく、過去や未来も幅広く表現します。
アオリスト(aorist)というのは変な名前ですが、要するに過去を表します。
上でちらっと述べた「不定過去」は、伝統文法はいざ知らず、現在の文法書ではアオリストと一緒くたにしています。
「完了」は一応別モノ扱いします(ただし3語ほどしかない)。
未来(future)は文字通り未来を表します。
願望法は話し手の願望、意志、希望などを表します。
命令法は文字通り命令ですが、面白いのは2人称だけでなく1人称や3人称もあるということです。
1人称や3人称の命令法は実質的に願望法と同じ意味になってしまいます。
また当サイトの語彙集は英語の略号を記しておきます。
- 現在[pr.]……pres.というのも共存しています。
- アオリスト[aor.]
- 未来[fut.]
- 直説法[ind.]……頻度は多くありません。
- 願望法[pot.]……optのタイプミスじゃありません。
別名がpotentialなのでpotと書いているようです。
- 命令法[imp.]……imper.というのも共存しています。
- 条件法[cond.]
- 完了[perf.]
- 準動詞
これ以外に動詞から派生した名詞・形容詞・副詞があります。
動詞から派生した名詞・形容詞を「分詞」(participle)といいます。
英語などでは動詞から派生した名詞のことは動名詞といいますが、
パーリ語は名詞と形容詞に本質的な区別がないので、一括して「分詞」と呼びます。
分詞には「現在/過去/未来」×「能動/受動」で計6種類、つまり、
- 現在能動分詞……present participle active
- 現在受動分詞……present participle passive
- 過去能動分詞……past participle active
- 過去受動分詞……past participle passive [pp.]
- 未来能動分詞……future participle active
- 未来受動分詞……future participle passive (gerundive)[grd.]
がありますが、
実際には「現在能動分詞」「過去受動分詞」「未来受動分詞」の3種類がよく用いられます。
なお、未来受動分詞は「動詞的形容詞」「義務分詞」などさまざまな言い方で呼ばれ、
英語でもgerundiveと呼ばれるほうが普通です。
そこで語彙集もgrd.という略号で書いています。
動詞から派生した副詞として、
「〜するために」「〜すること」などの意味を表す「不定詞」(infinitive)[inf.]、
「〜して」として意味を表す「連続体」(絶対詞。gerund, absolute)[ger.]というのがあります。
- 派生動詞
ここまで、1つの動詞は現在〜命令法の5種類に活用し、
分詞や不定詞、連続体が生成されるという話をしました。
が、動詞の変化はこれだけにとどまりません。
1つの動詞から、受動、使役などの意味をもった別の動詞を派生させることができ、
その派生された動詞が上記のような活用をしたり、
分詞などを生成したりすることができるのです。
派生動詞には受動、使役のほか、数は少ないですが、
「〜したい」という意味を持つ意欲動詞、
「激しく〜する」という意味を持つ強意動詞があります。
これらの動詞は原則として別の見出し語になるので、
まったく別の動詞だと思えばいいのですが、
自明なものについては別見出し語にしない場合もあるので、
一応元の動詞からの派生の仕方は知っておく必要があります。
このほか、名詞に特定の語尾をつけて動詞を作る方法もあります。
- 辞書に載る形
パーリ語の辞書で動詞は、現在・能動態・3人称・単数の形で載っています。
ですからこの形を基本に、他の形を作るやり方を覚えていけばいいのです。
説明文中には他の形も列挙されていることがありますが、
見出し語である現在・能動態・3人称・単数の形から規則的に導けるものについては書かれておらず、
不規則なもののみ列挙するのが普通です。
他の形も原則として能動態・3人称・単数の形が書かれています
(命令法だけは能動態・2人称・単数の形)ので、
「aor. xxxxxx」と書いてあったら、そのxxxxxxはアオリストの能動態・3人称・単数だと思ってください。
願望法、命令法、未来は、見出し語である現在形の語尾を変えればすぐに作れることが多いのですが、
その他の形は一筋縄で作れず、現在形とかなり異なる形になってしまうものがあります。
これは、現在形を基本にしてそこからその他の形ができているのではなく、
右図のように、実は現在形のもっと奥底に「語根」という根底となる形があって、
そこから現在形を含めていろいろな形ができているからなのです。
それぞれの変化が規則的であれば、すべての形が似たようなものになるのですが、
不規則な変化が入ってしまうと、お互いにずいぶん違った形になってしまいます。
極端な場合、現在形が不規則なでき方になっていると、
他の形は似ているのに現在形のグループだけがヘンな形になっているというものもあります。
語根というのは抽象的な形であり、現実に登場することはないために、
パーリ語の辞書では現在形を見出し語として載せています。
このため、現在形からできあがる願望法、命令法、現在分詞、未来などはすんなりできあがりますが、
他の形は現在形を見ただけではできず、結局頭から覚えるしかないということになっている場合が数多くあります。
- 現在の復習
現在形の語尾は、能動態のみすでに掲げましたが、
ここで反射態も含めてもう一度掲げます。
能動態 | 反射態 |
| 単数 | 複数 | | 単数 | 複数 |
1人称 |
   |
   |
1人称 |
  |
   ,    ,   
    ,      |
2人称 |
   |
   |
2人称 |
   |
    |
3人称 |
   |
    |
3人称 |
   |
   ,    |
で始まる語尾、つまり黄色く塗った部分では、
もし語尾直前の母音が長母音に変化します。
語尾直前の母音は、
、
、
、
のうちのどれかですが、
、
、
はそもそも長母音ですから、
具体的には、


で終わるものは、

、

……となるということです。





(聞く)、


(行く)のように語尾直前の母音が
のものは、
で始まる3人称複数の語尾が付くと、






、



のように
が短くなって
になります。
反射態1人称複数が5種類もありますが、
現実には個々の動詞について1〜2種類程度にしぼられます。
たとえば




(得る)は実質的に






のみで、
ごくまれに





が出てくるのみです。
語彙集の説明文を見てください。
- 不規則な現在形
ほとんどの動詞は上のように変化するのですが、
中には変り種があります。
そういう変り種は語彙集の説明文にいろいろ書いていますので注意してください。
ここではいくつか紹介するにとどめます。



と




……すでに紹介しましたが再掲します。



の変化には実は


という別系統の単語が混入しています。
また、複数1人称の





以外の形、
そして複数3人称の



という形は実は反射態です。





(作る、する)……反射態は




がベースになり、
また能動態・反射態ともに





という別の動詞が混入しています。
能動態 | 反射態 |
| 単数 | 複数 | | 単数 | 複数 |
1人称 |
     
     |
      |
1人称 |
     |
      
           |
2人称 |
     
       |
      |
2人称 |
     
       |
      
           |
3人称 |
     
      
        |
      
       
         |
3人称 |
     
       |
        |





(与える)……能動態しかありませんが、



という別の動詞が混入しています。
能動態 |
| 単数 | 複数 |
1人称 |
     ,    ,    |
     ,    ,    |
2人称 |
     ,    |
     ,    |
3人称 |
     ,    |
      ,     |
- 現在形の存在しない動詞
まれにですが、現在形の存在しない動詞があります。
たとえば「言う」にあたる動詞は、
アオリストは



、
未来は





……など他の形はいろいろあるくせに、
肝心の現在形だけが存在しないという風変わりな動詞です
(「言う」の現在の意味を表す動詞として




という動詞がありますが一応別物です)。
それでも辞書には現在形で載せねばならないので、




、




など、現実に存在しない現在形をでっちあげて見出し語にしている場合があります。
当サイトの語彙集では受動態の現在形





を見出し語にしています。
サンスクリットとの対照
-
上に述べたことは、サンスクリットとほぼ共通なので、
サンスクリットを知っている人には難しいことはありません。
-
サンスクリットと一番異なるのが、辞書見出しの形です。
サンスクリットでは語根を載せますが、パーリ語は現在形を載せます。
このため、現在形の系統であれば、辞書をひくのが非常にラクなのですが、
他の系統から辞書をひこうとすると、とても苦労します。
サンスクリットでは現在形から動詞をひくのが大変なのですが、
パーリ語ではその苦労をしなくてもよい反面、
そのツケが他の形に回っているところがあります。
しかも、現在形→語根が不規則、語根→他の形が不規則だったりすると、
不規則が2倍になってしまい、余計苦労するのではないでしょうか。
こうしたこともあり、辞書の中には不規則な変化形を見出し語にしている場合がありますし、
当サイトの語彙集では説明文を検索できるので、
そういう機能を活用してみてください。
-
サンスクリットでは動詞は現在形の作り方によって10種類に分かれ、
その種類別に活用が若干異なります。
これと同じ分類をパーリ語でやろうとすると、7種類程度に分かれます。
が、パーリ語では語根ではなく現在形が辞書見出しになるうえ、
その種類別に活用が違うということもないので、
覚えてもまったく意味がありません。
よって割愛します。