名詞・形容詞の変化(子音で終わるもの)


  1. 子音で終わる名詞・形容詞の変化
     パーリ語では名詞・形容詞を含めてほとんどの語が母音またはで終わるのですが、 名詞・形容詞の中には原形が子音で終わるものがあります。 具体的には、すでに前回出てきたのようにで終わるもの、 ()のようにで終わるもの、 のようにで終わるもの、 のようにで終わるものです。 これ以外の子音で終わるものは存在しません。 これらの特徴は次のとおりです。
    1. 分詞のような派生語が多い
    2. 原形のままでは用いられない
    3. 語幹が変化するものがある

     以下、上の各項目を詳しく説明しますが、まずは変化表のリンクを掲げておきます。 必要に応じてクリックしてみてください。
    男性 中性
    男性 中性
    所有形容詞型 現在分詞
    中性 中性

     「男性と中性しかないじゃないか、女性はどうした?」とお気づきの方も多いことでしょう。 女性形は原則としてをつけて型変化になります。
     で終わるものはしか掲げていません。 一部の文法書ではで終わるものを掲げていますが、 当サイトの語彙集では型になっています。
     で終わるものは基本的に中性しかありません。 まれに(月)のような男性名詞がありますが、 一般的にはという女性名詞と説明されるのが普通であり、 いくつかの文献で男性扱いされているのでそう書かれているというイレギュラーなものです。 また、(老い)という女性名詞はのように型変化をします。 語彙集の見出し語ではになっています。 このようにイレギュラーなものは語彙集を参照してください。



  2. 分詞のような派生語が多い
     ()で終わるものは動詞から派生した現在分詞、 さらには「××をもつ(者)」という意味の形容詞・名詞です。 このように、子音で終わるものには他の語から派生した語が多いので、 文法的に重要です。



  3. 原形のままでは用いられない
     たとえば()で終わるものは、 男性単数主格はまたは、複数はとなるなど、 すべての変化形が母音またはで終わる形に変化してしまい、 原形のままで出てくることはありません。
     このため、何をもって原形(たとえば辞書の見出し語)とするか、 立場の違いがいろいろあります。 たとえば、 (世尊)は、 PTSの辞書や水野辞典・水野文法では、 アンデルセンのリーダーの語彙集すなわち当サイトの語彙集では、 古い伝統文法ではという形を原形としています。 今では伝統文法に従った文法書はあまり見かけませんが、 か、という流儀の違いはけっこうあります。



  4. 語幹が変化するものがある
     (王)は、 語尾はのところだけですが、 単数は、具格や奪格はというふうに、 形によっては語幹部分まで変化してしまいます。 子音で終わる名詞ではこういう単語が少なからず存在するので注意が必要です。



  5. 不規則な名詞・形容詞
     以上、語尾の型別に名詞・形容詞の変化を見てきましたが、 不規則に変化する語がいろいろあります。 もうすでに変化表に示されているものもありますが、 これら不規則変化の語の傾向には3種類あります。
    1. 音声変化によるもの…… (女)「生まれ」は、 具格・奪格はとなるはずですが、 という形も多く用いられます。
    2. もともと異なる語の要素が混入したもの…… (男)「尊者」(「あなた」の丁寧な形としても用いる)の変化は非常に特殊です。
       



















       このように、に加えてという別の形が混入しています。 なお、当サイトの語彙集では主格形のを見出し語にしています。
    3. 他の型からの類推によるもの…… (男)「阿羅漢。施しを受けることのできる尊者」は、 単数主格でという形に加え、 という形があります。 これは上記からの類推によるのでしょう。
     これらの特殊な変化形は、 変化表に載っている場合もありますが、 語彙集に載っています。 しかも、見出し語になっている場合もありますが、 多くは説明文中に列挙されているので、 単語検索でなく全文検索で探すと見つかることがあります。



サンスクリットとの対照
  1. サンスクリットでは子音で終わる語も少なからずあり、 しかも子音で終わる語こそが、連声を考慮しなければ一番標準的な語形変化をするわけですが、 パーリ語では子音で終わる語が非常に少数であり、 しかも複雑な変化をすることが多いので困ったものです。
  2. 上述のように、伝統的なパーリ語文法では、 のように、 母音で終わるかのように説明されてきましたが、 今日本で普通に入手できる文法書では、そういうものはなく、 サンスクリットの原形の形にあわせて子音で終わるように説明されています。 その意味ではサンスクリット学習者にはわかりやすいといえます。 ただし、これらの単語が原形のまま現れることはありません。 たとえ複合語の前半であっても、 何かしらの変化をして(必ずしも伝統文法の形と同一ではない)出て来るので注意が必要です。 また、のように、 サンスクリットでいう強語形、弱語形のどちらを代表形にするかは、 人によって異なるという点も注意すべきです。
  3. 子音で終わる語が語幹部分も変化することがあるのは、 サンスクリット同様です。 サンスクリットではどの性・数・格で強語形を使うかがしっかり決まっています。 パーリ語ではおおむね、主・呼・対格が強語形、 その他の格が弱語形ということになるのでしょうが、 弱語形を用いるべき格においても強語形的な形が混在しているなど、 例によって混沌としています。