名詞・形容詞の変化(
)/演習のやり方
で終わる名詞・形容詞の変化
パーリ語の名詞・形容詞の中でも、
で終わるものは非常に多いので、 その変化は真っ先に覚える必要があります。
で終わる名詞は男性か中性です。女性名詞は
になります。 まずは
で終わる男性名詞と中性名詞の変化を並べてみましょう。
男性……
中性……
例によって同じ格にさまざまなバリエーションがあって辟易しますが、 こうやって左右に並べてみると、具格から下は原則として同一であることがわかります。 男性名詞
の複数為格・属格の( )囲みの形は、 この名詞だけに存在する特殊変化なので、 それを無視してしまえばまったく同一の変化であることがわかります。
男性と中性の違いは主・呼・対格であり、 しかも中性名詞は単数も複数もすべて主格と対格の区別がありません。 パーリ語ではこれ以外の形でも中性名詞は必ず主格と対格の形が同一になります。 実はパーリ語に限らず、中性名詞の主格=対格という性質は、 インド・ヨーロッパ語族に属する言語に広くあてはまる特徴らしいです。
次は女性名詞の変化を見てみましょう。
女性……
女性名詞の変化は男性・中性とかなり違います。 なにより語幹が
でなく
で終わっています。
単数の具・奪・為・属格はみんな同じ。 処格だって余計なバリエーションを無視すれば同じになってしまいます。 複数では主=呼=対、具=奪、為=属、処というわけで、実質4格になってしまっています。 ここらへんの特徴は、
に限らず、パーリ語の女性名詞の一般的特徴です。
さらに、単数主格=複数主格(バリエーションを無視)、 つまり主格は単複同形で区別がありません。 これもパーリ語女性名詞の、長母音で終わるものの一般的特徴です。 つまり、単数主格は短母音、複数主格は長母音という違いがあるのですが、 語幹が長母音で終わる名詞では、 単数主格も長母音になってしまって区別がつかないというわけです。
こんなふうに同じ形のものが多いと、 ついつい「覚えるのがラクそう」と安心してしまいますが、 文章解釈の上では、語形の違いに頼ることができず文脈をしっかりみないといけなくなるので、 かえってやっかいです。
形容詞の変化はわずらわしいので本サイトの
変化表
を見てください。要は上記男性・中性・女性名詞の変化に従うというわけです。
演習のやり方
さて、こういう名詞の語形変化は、おいそれと覚えられるものではありません。 パーリ語教育を重視している南方仏教国では、頭から覚えさせるらしいですけどね。 ついでながら、日本人も含めてヨーロッパ人は、変化表をタテに、 単数主格→呼格→対格…というふうに見ていくクセがありますが、 伝統的教育では、こういう語形変化表は、ヨコに唱えていくようです。 つまり、単数主格→複数主格→単数対格→複数対格→…(格の順序は前章で述べた伝統順)というわけです。
読解を中心とするわれわれは、変化表を頭から覚えようとせず、 とりあえず実際の文章に体当たりしていくのがよさそうです。 語形変化といっても、語の末尾だけが変化するのですから、なんとか辞書はひけます。 あとは語形変化表を常に手元において、 この形は複数対格…というふうに調べながら読んでいけばいいのです。 こういうことをやっているうち、いつの間にか語形変化表は頭に入ってしまいます。
そんなわけで、次講からはさっそく「演習」、つまり実際の文章を読んでみましょう。 まずは演習のやり方をまとめておきます。
次のような文章を見たら……
語(連声前)
説明
語義
名男複対
沙門たち(を)
名男単対
意味を
現複3
質問する
日本語訳
…… 彼らは沙門たちに意味を質問する。
備考
…… 主語はないが動詞は複数なので、最低限でも「彼らは」を補うようにしたい。 「質問する」の二つの目的語はどちらも対格になるので文脈などによって判断する。
最初のうちは、いきなり日本語にしようとせず、 ていねいに辞書と変化表を調べながら、 各語の語幹と意味、そして性・数・格などの文法的情報をメモします。 ひととおり文法の学習を終えるまでは、面倒でも、必ずこのメモの習慣を怠らないようにしてください。
辞書と変化表が手元になければ、 本サイトの
語彙集
と
変化表
を利用してください。 語彙集のほうは、ローマナイズが多少特殊なところがあるので入力に注意してください。 それから英語による説明なので、特に仏教語彙はわかりにくいですが……。
それから、このメモを頼りに日本語訳していきます。
できましたか? できたら、上の
をクリックしてみてください。 答えが表示されたでしょう。答えあわせをしてください。
答えの書式は、
リーディング解説の見方
に準拠しています。
表中の
をクリックすると、 語彙集の当該語彙を表示します。 答えを消したいときはもう一度各問題の
をクリックします。 初期状態ではすべての答えが非表示になっています。 すべての問題の答えを一度に表示するには
、 一度に非表示にするには
をクリックします。
文の作り方
個々の細かい事項は演習をやりながら覚えていってください。 とりあえずは次のことを覚えておいてください。
語順は自由である…… パーリ語では個々の語が複雑に語形変化することによって文法情報を示しているので、 語順は自由です。 だいたいの傾向としては、日本語の順序と同じ、 つまり、主語−目的語−動詞、というふうになります。
間接目的語も直接目的語も対格である…… 上の「沙門たちに意味を質問する」がそうですが、 パーリ語では間接目的語も直接目的語も対格で表すので、 「沙門たちに」も「意味を」も対格になってしまいます。 とすると、どちらが「に」でどちらが「を」か、判断に苦しむ場合もありますが、 だいたいの傾向としては、「〜に…を」の順番になると思います。 が、どちらも対格ということは、修飾−被修飾の関係かもしれないので、 一方が形容詞などの場合は注意が必要です。
このほか、おのおのの格には日本語の感覚からするとヘンな用法が少なからずありますが、 それは出てきたときに確認することとします。
「である」という動詞は省略される…… 第3講で説明した
と
(
)は、 「〜である」という意味にもなります。 英語でいえばbe動詞というわけです (インド系の各言語では「コピュラ動詞」と呼ぶ習慣があります。 コピュラ(copula)とは繋詞、つまり「つなぎことば」というわけです)
しかしこれらの動詞がコピュラ動詞として用いられるときは普通省略されます。 よって、「AはBである」という文は、AとBを主格にして、そのまま並べるだけです。
語順は自由なのですから、ABという文は、 「AはBである」ばかりか「BはAである」にもなりえますが、 普通は主語が最初に来ます。
形容詞と、それが修飾する名詞とは、性数格が一致する…… 前にも述べたように、形容詞と、それが修飾する名詞とは、性数格が一致します。 これは主語と述語についても同様なので、 述語形容詞は、主語の性と数に一致するというわけです(格は普通主格)。 とすると、ABとあった場合、「AはBである」なのか、 「BであるAは〜」ということなのか、形からは区別できません。 まずは文全体をざっと見渡して、主たる主語−述語関係をおさえれば、 多くは解決がつきますが、たまに解決がつかないこともあります。
なお、修飾語としての形容詞は日本語で「〜な、〜の」などという訳になりますが、 「〜の」という訳だからといって属格にしないでください。 たとえば、 「黒色の」は
、「箱」は
(男)といいますが、 「黒色の箱は〜」というときは
です。 「の」に引きずられて
などとしないように。 もし本当にそうなっていれば、(形容詞は名詞としても使うので) 「黒い人の箱は〜」などの意味になってしまいます。
分詞も定動詞として用いられる…… いま述べたように、文章読解のコツは、まず主語−述語関係をおさえることです。 述語はたいてい動詞です。動詞の人称と数は主語に一致しています。 ただし1人称、2人称は、動詞の活用語尾中に主語が明らかになっているので、 主語が省略されてしまいます。
述語が名詞や形容詞の場合は、上で述べたように、ABという形で単に並んでいるだけなので、 どちらが主語でどちらが述語なのかを見極めます。
また、動詞から作られる現在分詞や過去分詞(語彙集では見出し語になっています)も、 動詞の現在形や過去形のかわりに使われてしまいます。 分詞は形容詞扱いになるので、主語の人称と数によって変化するのではなく、 主語の性と数によって変化することになります。
ざっとこの程度のことを頭にいれて、いざ、演習問題にトライしてみてください。
サンスクリットとの対照
上記で述べた文の作り方はサンスクリットとも共通していますし、
が男性と中性で、男性と中性は主・呼・対格だけが異なること、
が女性だということなどは、サンスクリットとも共通しています。