名詞・形容詞の変化(総論)



  1.  パーリ語の名詞は、 男性・中性・女性という3つの性のうちのどれかに分類されます。 人間や性を持つ動物などではその自然の性と一致するのが普通ですが、 (妻。男性名詞)、((男女とも)神。女性名詞)などのように例外もあります。 その他の名詞の性は恣意的であり、特に法則らしいものはありません。 で終わるものは男性か中性、 で終わるものは必ず女性、というように、 語尾の形と性がうまく対応している場合もありますが、 で終わるものは男・中・女性のすべてがあるので、 結局は一つ一つ覚えていくしかありません。 中には、複数の性に属する名詞や、意味の違いで性を変える名詞もあります。 たとえばは、「さとり」という意味のときは女性名詞、 「菩提樹」という意味のときには男性名詞になります。
    当サイトの語彙集ではm.(=男)、n.(=中)、f.(=女)と略されています。




  2.  パーリ語の名詞は、 単数、複数という2種類の数を持ちます。 1つであれば単数形を、2つ以上であれば複数形を用いなければなりません。
     英語ではsingle, plural となり、 当サイトの語彙集ではsg.(=単数) pl.(=複数) と略されています。




  3.  パーリ語の名詞は、以下に示す8つの格を持ちます。 格とは日本語でいうテニヲハ、助詞にあたるものであり、 その名詞と他の語との関係を示すものです。 日本語の助詞は単独でも一応意味をもった単語といえますが、 パーリ語の格変化語尾はそれだけ取り出してもちっとも意味をもちません。
    名称 他の名称 英語名 おもな意味と用法
    主格(主) 体格 Nominative(N.)[nom.] 主語(〜は、〜が)。述語も主格になります。
    対格(対) 業格、目的格 Accusative(Ac.)[acc.] 目的語(〜を)。日本語で「〜に、〜へ」になるものもこれを用いることがあります。
    具格(具)   Instrumental(I.,Ins.)[instr.] 〜によって、〜で
    為格(為) 与格 Dative(D.)[dat.] 〜に、〜のために
    奪格(奪) 従格 Ablative(Ab.)[abl.] 〜から
    属格(属) 所有格 Genetive(G.)[gen.] 〜の
    処格(処) 位格 Locative(L.)[loc.] 〜において、〜で
    呼格(呼)   Vocative(V.)[voc] 〜よ
     当サイトでは上表の一番左の言い方を採用しますが、 日本語の術語は文法書によっていろいろ異なります。 そのため学問の現場では英語の言い方をするのが普通です。 なお、当サイトの語彙集はすべて英語であり、格は略号で表示されています。 [ ]内が語彙集で使われている略号です。
     なお、伝統的な文法学では上表の順番であり、 しかも呼格を独立した格とみなさないのが普通ですが、 多くのパーリ語参考書では、 主・呼・対・具・奪・為・属・処という順番で語形変化表を書いています。 これは語尾が似通っているものを隣に並べるという発想による順番ですが、 かなり多くの文法書がこの順番を採用しているので、 当サイトでも語形変化表はこの順番で書くことにします。



  4. 形容詞
     パーリ語では形容詞と名詞は本質的な違いがありません。 ほとんどの形容詞は「〜な人、〜なもの」などの意味を持った名詞としても用いられますし、 ほとんどの名詞は「〜な」という形容詞としても用いられます。
     形容詞が名詞を修飾する場合、その名詞の性・数・格と一致させねばなりませんし、 述語になる場合は、主語の性・数・格と一致させねばなりません。 よって形容詞は固有の性を持たず、3つの性のどれにもなります。
     当サイトの語彙集では形容詞は mfn. という略号になっていますが、 「3つの性をもつ名詞」という意味あいなのでしょう。
     で終わる名詞は男性と中性しかなく、 女性名詞はになりますので、 で終わる形容詞の女性形はやはりになります。
     また、動詞から作られる分詞も、形容詞(=名詞)の変化をします。



  5. 変化表(総則)
     上記の3性、2数、8格に従って、名詞は語尾を変化させます。 辞書に載っている形は語幹または語基といい、 実際にはさらに語尾がつくので、のように末尾にをつけて表記します。
     語尾のだいたいの傾向は以下の表のとおりですが、 実際には例外が非常に多く、これを覚えてもほとんど役に立ちません。 で終わる男性名詞はこれこれの変化、 で終わる中性名詞はこれこれの変化、というふうに、 語幹の末尾音と性ごとに変化表を覚えていかねばなりません。
     また、パーリ語の場合は、同じ性・数・格なのにさまざまな種類の語尾が同居していることが多く、非常にやっかいです。
     
    主・呼 語幹そのもの。中性ではも多い ,,,。中性では長母音+
    短母音+
    ,,。女性は,, ,
    ,,,。女性は,,
    奪・属 ,,。女性は,, 長母音+
    ,,,,。女性は,,,,,



サンスクリットとの対照
  1. パーリ語には両数はないので複数は2以上になります。
  2. 同じ格のところにさまざまな語尾がある点が非常にやっかいです。 語尾のバリエーションはサンスクリットにもないわけではありませんが、 せいぜい2種類くらいであるのに対し、 パーリ語には4つぐらいあることも珍しくなく、 記憶しようという意志がなえてしまいます。 見てのとおり、他の語尾の変化からの類推や、 代名詞変化との類推などが混じることでバリエーションが生まれており、 サンスクリットではそういうバリエーションが淘汰、整理されているのに対し、 プラークリット(俗語)であるパーリ語はそういう整理がなされていないというわけです。