[ウルドゥー語/ヒンディー語ページ参考書]

ウルドゥー語/ヒンディー語 絶版の名著

Since 2004/7/7 Last Updated 2006/8/29



  1. 戦前〜1960年代ごろまでの日本の書籍
     「ウルドゥー語/ヒンディー語はマイナーな言語なので、最近になって学校で教えられるようになり、参考書や辞書もようやく出来たのだろう」と思ってはいけません。実は日本におけるウルドゥー語/ヒンディー語教育史はけっこう長いのです。
     大阪外大ウルドゥー語専攻ページの「日本のウルドゥー語教育の歴史」にもあるとおり、明治末から大正期に東京・大阪の外国語学校(いまの外語大の前身)ができた当初からウルドゥー語/ヒンディー語のコースが設置されていたのです。アラビア語やペルシア語などより教育史は長いのです。
     もっともこの当時は「印度語」だの「ヒンドスターニー語」などと呼ばれ、いまの我々からみれば「ウルドゥー語とヒンディー語の共通部分でややウルドゥー語より」の言語が教えられていました。文字もアラビア文字が主体で、デーヴァナーガリー「も」教える、というところでした。
     当時の印刷技術の制約もあり、戦前の参考書はローマ字が主体のものが多いですが、それでも巻頭だけでもアラビア文字やデーヴァナーガリーを載せたり、アラビア文字で書かれた出版物や広告などの写真をふんだんに掲載したりするなど、文字へのこだわりを見せている本がほとんどです。
     印度語に限らずアジアの言語一般について、戦前の日本では「実用語学」としての扱いがなされており、高校で英独仏語を学ぶ立身出世組とは無縁の、外交(ノンキャリア組)・貿易・軍事・警察といった実用面での教育が行われてきました。特に戦争中は当時の国策もあり、印度語の教科書や会話本が多く出されました。粗製濫造と思いきや、文法説明がしっかりしていたり会話例文がこなれていたり、水準が高い教科書が多いです。
     そういう戦前からの成果の延長で、戦後になっても良質の参考書がいくつか作られましたが、インドとパキスタンが分離独立して、ウルドゥー語とヒンディー語が分化していく歴史が始まったため、これらの参考書にもそういう歴史の流れが見て取れます。
     ここではまず、戦前から1960年代ごろまでの名著を紹介しましょう。

    ブックマーク=#indogo4

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    木村一郎『インド語四週間』
    1943/1952.大学書林.B6−254ページ+巻末折込6ページ.
     往年の名著です。1943年に出たのはタイトルが『印度語四週間』。当時の世相を反映して序文が勇ましくなっています。いつからタイトルが『インド語〜』になったのか不明ですが、国会図書館に入っているのは1952年のやつなんで、たぶんそのあたりからなんでしょう。タイトルがカタカナになったのと、序文がおとなしくなったこと以外は、全く同じ内容です。左の写真は1967年の第12版ですが、たぶんこの版を最後に絶版になってしまったのでしょう。
     長らく図書館だけで見てましたが、2004年7月に偶然にインターネット取引もやってる某古書店のリストで発見して入手に成功しました。900円なんていう値段がついてましたね。この本の価値を知る人にとっては、ケタが一つ違うんでねぇの? というところです。
     当時の他の参考書同様、冒頭でアラビア文字のアルファベットを紹介している以外はずっとローマ字です。ローマナイズの流儀が鼻母音とnを全然区別していないのが気になりますが、それさえ除けばいい本です。巻末には日印、印日両方の語彙集もついてます。
     巻末の折込は主要30動詞変化表なんですが、折込っていうのは読みにくいので、ページをまたがってでも、本編同様のページにしてほしかったな。
    ブックマーク=#indogokk

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    小川正、A.H.カリーム『印度語の研究と活用』
    1943.青々書院(大阪).B6−437ページ.
     ヒンドスターニー語(実質ウルドゥー語)の会話集。冒頭にアラビア文字(ちゃんとナスターリーク体!)とデーヴァナーガリーの読み方の解説と練習があるほかは全編ローマ字を使用しています。が、そのかわりというのか、随所に新聞・雑誌・広告・漫画(すべてアラビア文字)を掲載し、写真もふんだんに入れています。また随所に当時のインドの生活文化や旅行の注意などのとても楽しい記事があり、現代のビジュアル重視の語学本を先取りしています。商社マン(三井物産)出身の著者の面目躍如たるところがあります。戦争中にこんなサービス満点の本を出版したとは驚きです。
     全編にカナを併記している点で初心者向きですが、巻末に文法概説をつけているなど、本格的な勉強にもしっかり対応しています。これだけの充実した内容は現代の語学書に一歩もひけをとりません。例文にベルリン五輪の前畑や孫が出てきたり、英国の悪口や日本の国策的言辞が混じったりしている部分もありますが、それも当時を知る貴重な資料。今でも時々古書店で見かけますのでぜひお買いになるといいでしょう。
    ブックマーク=#ibunten

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    沢英三『インド文典』
    1943/1960.アーリヤ学会(発売=丸善).A5−368ページ+語彙/索引25ページ.
     これは複雑な来歴をたどった名著です。
     1943年に丸善から出た『印度文典』は、アラビア文字を使用した、実質的にウルドゥー語の本。 A5−430ページで、外務省の協力で日本で最初のペルシア文字の活字を作って完成したと書いてあります。その後に1960年から出た『インド文典』は、デーヴァナーガリー文字を使用したヒンディー語の本で、単に文字を変えただけではなく全面的に書き改められており、まったく別の本になっています。1957年に江南書院から出たこの人の『インド・パキスタン会話』の巻末には、『標準インド文典』『ウルドゥー語文典』が続刊されると書いてありますが、その『標準インド文典』にあたるのでしょう。もっとも『ウルドゥー語文典』が出ることはありませんでした。
     ともあれこの本は、わが国のウルドゥー語/ヒンディー語研究の草創期に出た本格的な文典であり、いまでもその価値が減じておりません。古本屋で見かけたら、高くてもぜひ購入しましょう。私が買った左は14000円。高かった!
    ブックマーク=#indpakcv

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    沢英三『インド・パキスタン会話』
    1957.江南書院.B6−184ページ.
     上記『インド文典』の沢先生が作った会話集。書名には言語名が書かれておりませんが、ややウルドゥー語よりのヒンドスターニー語というところで、ウルドゥー語、ヒンディー語両方に顔をたてています。
     ローマ字表記ですが冒頭の「発音」部分にアラビア文字とデーヴァナーガリーの一覧表を載せてあり、同音異字(たとえばアラビア文字の、デーヴァナーガリーのなど)も補助記号を駆使して書き分ける独自のローマ字表記なので、このローマ字からアラビア文字にもデーヴァナーガリーにも復元が可能です。原字主義にこだわってきた著者の面目躍如というところでしょう。この件については序で「あくまでも原字主義に固執してきた著者が、本書に限りローマ字に妥協したのは、会話帳の如く本質的にただ口から耳に入れるものにあっては必ずしも原字にこだわる必要もあるまいと思ったからである」と書いてあります。
     豊富な例文を37のカテゴリーに分類し、それぞれには関連語彙もつけてあり、さらに巻末には文法要約もつけてあり、非常に充実した内容です。原字を併用してCDをつければ現在でも十分通用することでしょう。


  2. その他
    ブックマーク=#taiurdu

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    蒲生禮一『ウルドゥー語入門』
    1976.泰流社.ISBN4-88470-130-5.A5−第一部128ページ+第二部135ページ(一冊になっている).
     今ではつぶれてしまった泰流社は、粗悪な外国語参考書をたくさん出版していたイメージがありましたが、それはつぶれる直前の話。 当初はいい本をいっぱい出してました。 その中でもこれは名著だと思います。 東京外国語大学で長い間非売品の教科書として使われてきたものを独習書用に改変し、 後半に会話集をつけて出したもの。 前半の文法編は非常にコンパクトに要領よくまとまっているし、後半の会話は内容が面白い(後半は鈴木斌先生が作ったらしいです)。 ナスフ体じゃなくナスターリーク体に直し、練習問題の答えをつけ、語彙集をつけ、カセットなりCDなりをつければ、無敵の入門書になったと思います。 古書店でもし見つけたら(でもなかなか出回ってない)ぜひ買っておくといいと思います。
    ブックマーク=#taihindi

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    土井久弥『ヒンディー語入門』
    1979.泰流社.ISBN4-88470-171-2.A5−256ページ.
     泰流社の『ウルドゥー語入門』と並んで往年の名著の一つ。 ただ『ウルドゥー語入門』にくらべてとっつきにくいところがあるかな。 デーヴァナーガリーはタイプライターで出してるんですが、 タイプライターの制約で結合子音字の一部をごまかしているのが残念。 それからところどころ誤植もあります (あとでタイプライターの文字を貼りこむつもりが忘れてるという凡ミス)。 ただ冒頭の概説は難しいけど役立ちます。 練習問題の一部には答えもあります。
    ブックマーク=#250hn

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    岡口典雄・岡口良子『250語でできるやさしいヒンディー会話』
    1998.白水社.ISBN4-560-00539-7.B6−190ページ.カセット別売.
     いまや語学書籍はCDつきが当たり前ですが、そうなる直前に出た本。とはいえ1998年に出た本ですからまだまだ現役でもいいはずなのに、白水社のサイトで検索しても出てこず、絶版確定のようですね。
     基本的には会話本の体裁なのですが、それでいて文法もほぼ一通り網羅しており、文化や生活習慣の記事も多く、このシリーズの中では意欲的で高い仕上がりになっています。欠点としては語数が少なすぎることで、「250語でできる」ことをうたう以上それは本質的・不可避的なものですね。すぐに別の本にステップアップすることを前提に、まるきりの入門用として割り切るならば、なかなかいい本ではないでしょうか。
     著者の一人、岡口良子(おかぐち・よしこ)氏は、『旅の指さし会話集』の著者でもあり、この本の精神は同書に受け継がれていると思います。
    ブックマーク=#tyur56

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    T. Grahame Bailey : Teach Yourself Urdu
    1956. The English University Press(London). B5−314ページ.
     「teach yourself urduなんて今でも出てるじゃないか」と言ってはいけません。こっちは旧版です。もとは1950年に「Teach Yourself Hindustani」として出版され、1956年に改訂・修正されてこの題名になったものです。大修館書店の雑誌「言語」の1982年5月号の「外国語のすすめ・1」という特集の「ウルドゥー語」で麻田豊先生が「コンパクト版ながらかなり細かな文法事項まで収めていて便利だが、現在絶版である」と紹介しています。今のteach yourselfがダイヤログ主体の構成になっているのとはかなり異なり、前半で文法をまとめて後半で文法項目ごとにレッスン(短文の羅列)があるという形。文法をまとめて見られる点は現在のより便利ですが、ダイヤログ形式になっていない点は賛否両論でしょう。レッスン部分ではナスターリーク体のペルシア文字を使っていますが、前半の文法および巻末の語彙集はローマ字。しかもちょっとクセのあるローマ字であり、巻末の語彙集の順序も変則ローマ字順なので、なれるまで時間がかかります。かなりよい出来の新版が出た今となっては、ウルドゥー語教育史を研究しているのでない限り、わざわざこの本を探して入手する必要はないと思います。
    ブックマーク=#hndnsrd

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    James W.Stone & Roshna M.Kapadia : Hindi Newspaper Reader
    1990. Dunwoody Press(New York). ISBN0-931-745-62-4. A4−211ページ.
     リーディング入門教材というとどうしても子供向けの読み物になってしまい大の大人が読むにはつまらなかったりします。それをすぎると一昔前の文学作品が主体で、現実の現代社会に即したものではなかったりします。その点この本は、ヒンディー語の新聞記事を読みながら読解力を高めていこうという、まさに現代の大人にふさわしいものです。1988年のHindustan(New Delhi)とNav Bharat Times(Bombay)2紙から51の記事を選び、語彙と註をつけたもの。最初は非常に短い記事に始まり、ほとんどすべての語に註がついているので簡単に読むことができます。本文のすぐ下に、いま登場した語彙のリストがあるので、いちいち別ページをめくる必要はありません(本文の英訳は後のページにまとめてあります)。この語彙を覚えていけば即語彙力アップします。そしてだんだん長く難しい記事になり、最後になるとかなり高度な論説になります。こういう手取り足取りの親切な構成で、必ずヒンディー語の読解能力を高めてくれることでしょう。こんないい本が絶版なんて悔やまれます。


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