[補講 by まんどぅーか]

複合法(複合語)


  1. いよいよ最後の補講です
     とりあえず補講はここでおしまいです。

  2. 動詞前綴り
     今までの演習にもいろいろ出てきましたが、 サンスクリットの動詞は、前に接頭語をつけてさまざまに意味を変化させます。 英語では動詞+前置詞(副詞)の形の熟語がたくさんありますが、 サンスクリットでは逆に接頭語+動詞という順番になるわけです。 たとえばは「行く」ですが、 は逆に「来る」という意味です。 また(近づく)、 (出会う)など、 2つ以上の接頭語が付くこともあります。
     主な接頭語は本編のセクション233に並んでいます。 まずこれをしっかり覚えましょう。 何を覚えるのかというと、接頭語そのものの語形を覚えるのです。 つまり現実の文に出てくる動詞を見たとき、 ここまでは接頭語でありここからが動詞本体だということを判断できるようにするためです。 たとえば、過去やアオリストの加音は、接頭語と動詞本体の間に割り込みますから、 どこまでが接頭語かを知っていなければならないわけです。
     意味なんか覚えなくて結構です。 意味を覚えてもほとんど役に立ちません。 たとえばが「まで、方へ」と覚えたからといって、 (まで、方へ)+(行く)→(来る)などという意味の推定なんかできません。 英語の熟語を丁寧に一つ一つ覚えていくのと同様、 サンスクリットの接頭語つき動詞も、一個一個丁寧に意味を確認すべきです。
     特に初等文法書の語彙集は、接頭語のところでひくのではなく、 動詞本体のところでひくので注意が必要です。 一般の辞書はふつうは接頭語のところでひくんですけど。
     接頭語以外にも、 副詞とセットになった熟語もあります。 たとえばは、「戻ってくる」という意味になりますが、 は接頭語、は副詞です。 このように接頭語と副詞を区別せず、広く「動詞の前に来るもの」という意味で、 「動詞前綴り」ということが多いです。

  3. 複合語
     サンスクリットでは名詞や形容詞やその他の品詞(動詞そのものを除くあらゆる品詞。 分詞はOK)をつなげて複合語を作ることが多いです。 辞書にあろうとなかろうとおかまいなしに自分勝手に複合語を創作していくことができるので、 どんどんいろんなものをつなげて長大な複合語になることもあります。 サンスクリットの特徴は偏執狂的な語形変化だと思うかもしれませんが、 複合語こそが一大特徴かもしれません。
     複合語の各成分の間は、デーヴァナーガリーでは何も印を入れません。 たまに横線が入っているものがありますが、 それは初心者に親切にした結果であり、もともとのものではありません。 ローマ字で書く場合、面白いことに、初等文法書では区切りを入れませんが、 学問的なテキストでは逆に横線を入れるのが普通です。 外連声同様に、母音どうしが接触すると合体することがありますが、 そういう場合は â のように、山形印を使ったりします。 当サイトでは原則として何も区切りを入れないことにします。
     複合語を作るときは、原則として、一番最後の成分だけ語形変化をします。 途中は一切語形変化をさせず、語幹をそのまま用います。 たとえば「私の剣」というとき、普通ならというところを、 何も語形変化させずと書けばいいのですから (もっともサンディは必要。結果としてとなる)、 これはラクです。 ひょっとして、サンスクリットで複合語が異様に発達したのは、 偏執狂的な語形変化にうんざりしたからかもしれません。
    ただし(王)のようにで終わる語幹が前半になるとき、 がとれるなどの変化が起こる場合があります。 詳しくは本編を見てください。
     しかしその一方で、語形変化がないということは、 一切の文法的情報がなくなってしまうということなので、 意味があいまいになり、判断に苦しむ場合が多くなるということでもあります。
     日本語を使っているわれわれは、漢字の熟語でそういうことを経験しています。 漢字熟語には「男女」のような並列構造のものや、 「白梅」のような修飾構造のもの、 「読書」のような動詞+目的語構造のものなどさまざまなタイプのものがあります。 ある熟語がどの構造であるかは、形の上では何も根拠がありません。 たとえば「読書」は動詞+目的語構造ですが、 「読本」は修飾構造です。 意味を解釈してみなければ構造はわからないわけです。
     サンスクリットの複合語も同様のあいまいさがあり、 けっこう悩みのタネになります。

  4. 複合語の用語
     さてここから、複合語のでき方と文法上の特徴、解釈にあたっての注意をまとめていきますが、 まずは複合語の種類を言う用語を覚えてもらいます。
     いままで、名詞や形容詞の格の名前、動詞の時制などの名前は、 学問の現場では英語で言うことが多い、と言ってきました。 が、複合語の種類名は、ずばり、サンスクリット名で言うことが多いのです。 一応下に、サンスクリット名、日本語名、英語名を対照させておきますが、 日本語で言っても英語で言ってもどうもしっくりこないので、 サンスクリット名で呼ぶ習慣があります。 できる限りサンスクリット名を覚えてください。
    サンスクリット名(読み方。よくある略記。意味)日本語名英語名
    (ドヴァンドヴァ。Dv.。一対) 並列複合語 Copulative compound
    (タトプルシャ。Tp.。彼の家来) 限定複合語 Determinative compound
    (カルマダーラヤ。Kdh.。持っている仕事) 同格限定複合語 Appositionally defined compound
    (ドヴィグ。Dg.。2頭の牛の価値を持つ) 数限定複合語 Numeral determinative compound
    (バフヴリーヒ。Bv.。多くの米を持つ) 所有複合語 Possessive compound
    (アヴィヤイー・バーヴァ。Abh.。不変の状態) 副詞的複合語(不変化複合語) Adverbial compound
     以下、それぞれの複合語について説明しますが、 焦点がボケるといけないのでできるだけ簡潔に、 しかも注意を要すべき点を中心に述べます。

  5. ドヴァンドヴァ(並列複合語)
    1. でき方……日本語でいえば「男女」のように、二つ(以上)の等位関係のものが並列した複合語
    2. 文法的注意点……複合語全体は、抽象的なものであれば中性単数になることがありますが、ほとんどの場合は二つなら両数、三つ以上なら複数になり、性は最後の成分のものになります。
    3. 解釈の上の注意……特にナシ。それぞれの成分を訳して、「AとB」のように並べればOK。


  6. タトプルシャ(限定複合語)
    1. でき方……AとBの間に格の関係のある複合語
    2. 文法的注意点(1)……原則としてAは語幹そのものですが、まれに格変化形になっていることがあります。
    3. 文法的注意点(2)……この複合語の場合、Bに動詞語根が来ることがあります。
    4. 解釈の上の注意……AのB、AへB、AからB、AをBなど、あらゆる格形の関係が考えられます。 Bが名詞ならば「AのB」ぐらいしか考えられませんが、 Bが形容詞や分詞や動詞語根だったりすると何でもアリになるのでしっかり吟味することです。


  7. カルマダーラヤ(同格限定複合語)
    1. でき方……AとBが同格である(格の関係がない)複合語
    2. 文法的注意点……特になし
    3. 解釈の上の注意……ふつうは「AなB」「AのようなB」「AであるB」なのですが、 時として、「BなA」「BのようなA」「BであるA」のように逆順に訳したほうがいい場合があるので要注意。 たとえば(乙女・宝石→宝石のような乙女)です。


  8. ドヴィグ(数量限定複合語)
    1. でき方……カルマダーラヤのうち、Aが数詞である複合語
    2. 文法的注意点……特になし
    3. 解釈の上の注意……特になし。


  9. バフヴリーヒ(所有複合語)
    1. でき方……最後が名詞なのに、全体が形容詞の意味を持つ複合語
    2. 文法的注意点……形容詞なのですべての性をとりうるわけですが、 形としては最後は名詞なので、その名詞本来の性を無視した変化をします。 つまり、最後がで終わる女性名詞であっても、 むりやりに変えられて男性や中性の変化をしたりするわけです。
    3. 解釈の上の注意……全体が形容詞といいましたが、 それが再度名詞化されることはありえます。 たとえばは「多い・米→多くの米を持つ」ですが、 「多くの米を持つ者」のように再度名詞化される場合だってあるわけです。


  10. アヴィヤイーバーヴァ(副詞的複合語)
    1. でき方……副詞や接頭語など不変化の言葉+名詞で、副詞的な意味を持ちます
    2. 文法的注意点……中性単数対格扱いになります。たいていは語尾がになります。
    3. 解釈の上の注意……特になし。


  11. バフヴリーヒにおける性転換の仕方
     このように複合語の読解にあたっては、カルマダーラヤの「逆に訳す場合」と、 バフブリーヒの「性転換」の二つが大きな落とし穴といえます。 ふだんはで終わる女性名詞がで終わっていればいくらなんでもすぐ気づきますが、 どちらもで終わる男性←→中性の転換のほうがむしろ迷いやすいかもしれません。 「あれ、この単語はで終わる中性名詞なのに、 なんでになっているんだろう」というふうに。
     は男性・中性語尾なので、女性形にする場合はにします。 逆もまたしかりで、で終わる女性名詞を男性・中性にするにはにします。 、子音語尾は男・中・女性すべてあるので性転換による臨時の変化はしませんが、 まれに変化するものもあります。
     一般に形容詞は(女性形は)で終わる語が多いため、 サンスクリットの話し手は、で終わる語の変化にはなれていますが、 その他の形の語尾では面食らうものです。 そこでバフブリーヒの最後に、意味のないをつけることがあります。 (多くの川がある)は、 (川)がで終わるために男性や中性にしにくいので、 をつけて無理やり語尾にして扱いやすくしたものと考えられます。