[補講 by まんどぅーか]
使役動詞
- 派生動詞(二次活用動詞)
さて、以上で動詞の変化はあらかた終えました。
もっとも実はまだ、不定詞とか過去分詞とか動詞的形容詞とか残ってるんですが、
そこらへんは分詞といって半分別の品詞ですから、
動詞の変化としては一応これでおしまいです。
しかしサンスクリットの動詞には、
3種類の派生形(使役動詞、意欲動詞、強意動詞)があり、
それらがおのおの今までずらずらっと述べてきた変化をするんですね。
とすると、やっと動詞の変化を終えたと思ったのに、
まだ全体の道のりの4分の1しか来ていなかったというわけです。
「どひゃー」と途方にくれるみなさんの顔が浮かんでくるようです。
しかし考えてみれば、日本語だって「書く」に対して「書かせる」という使役の形があります。
日本語では「書かせる」のように末尾に別の語をつける形なので、
「書く」という本体の動詞の変化と切り離して「せる」を論じればいいわけですが、
もしこれが「書せるく」のように、
動詞本体内に何かの要素を入れて表現する形だったらどうでしょうか。
そしたらこの動詞は、元の「書く」と関連はあるにせよ、一応別の動詞として、
またいろいろな変化をしていくということになりますよね。
動詞本体内に他の要素を入れる流儀か、
語尾や別語で表現する流儀かの違いだけで、
これからやることは日本語や他の言語にも似たことはあるのです。
気楽にいきましょう。
なお、これらの派生形のことを文法書では「二次活用動詞」などといったりしますが、
2という数字を使うと「現在組織第2類」とか「第2種活用」(現在組織の2・3・5・7・8・9類の総称)などととてもまぎらわしいので、
「派生形」「派生動詞」「派生形動詞」などと表現することにします。
- 使役動詞
3種類の派生形動詞のうち、本講では使役動詞を扱います。
なお、例によって学問の現場では英語で「コーザティブ」(causative)と呼びます。
受動態の作り方は、動詞語根に

をつけます。
あれ、受動態が
をつけるんですからとても似てますね。
こういう紛らわしいものは、混乱しないように、わざとぶつけて並べてみるに限ります。
前講の受動態語幹の表のあとに書き加えてみましょう。
類 | 動詞 | 現在語幹 | 受動態語幹 | 使役動詞 |
第1類 |    (観察する) |      |       |        |
第2類 |     (憎む) |     /     |        |         |
第3類 |   (供える) |     /     |      |        |
第4類 |    (成功する) |       |       |        |
第5類 |   (しぼる) |     /     |      |        |
第6類 |    (勝つ) |      |       |        |
第7類 |    (裂く) |      /     |       |        |
第8類 |    (拡げる) |     /     |       |        |
第9類 |   (食う) |     /     |      |       |
第10類 |    (語る) |        |       |        |
いくつかの動詞は都合によって前講の動詞と入れ替えています。
こんなふうに、受動態の
はそのまま語根につけたわけですが、
使役動詞の

は、
動詞の語根の母音を標準階(グナ)や長音階(ヴリッディ)に変えてからつけるので、
そういう点でもみわけることができます。


をつけるといえば、現在第10類動詞がそうでした。
実は第10類動詞はこの使役動詞と非常に密接な関連があり、
おたがい同じような変化をします。


をつけるにあたっての使役動詞の母音の変化は、
母音で終わるものはヴリッディ、
子音で終わるものは語中母音をグナ(
は
)というのが大原則ですが、
ちょこちょこ例外もあったり、

でなく


をつけるという例外もあったりするので、
いちいち確認をしたほうがいいと思います。
読解をするという立場からは、


や


が入っていて、母音がグナやヴリッディになっていれば、
「ひょっとしたら使役かもしれない」と思って確認をすればすむことであり、
使役動詞の作り方を細かく覚える必要はないと思います。
なあに、出てくる形をいくつか頭にいれていくうちに、
カンが身についてくるものです。
- 使役動詞の変化
上記のようにして使役動詞ができたら、あとはどう変化するのでしょうか。
まず現在は、第10類と同じです。
上の





(観察させる)なら、
(以下すべて能動態)
現在3人称単数






、過去3人称単数






、
命令2人称単数




……のようにしていけばいいのです。
アオリストは重複アオリストになります。
同じく





(観察させる)なら、3人称単数






です。
重複音節は、元の音節の母音が長けりゃ短く、短けりゃ長くするのでしたね。
ただしわかりにくいものもあるので、
当サイトの動詞語幹集(→変化表)では、
「使ア」という形で別項目にしてあります
(なあに、それはネタ本のBucknellの『Sanskrit Manual』がそうなっているわけだけどね)。
完了は複合完了を使います。













だの









となるわけです。
未来は単純未来、複合未来とも、


をぬきとって
を加えた上で作ります。








、




となるわけです。
受動態は、第10類の受動態と同様に、

をぬきとってから
をつけます。
「えっ、使役の受動ってあるの?」ですって? そりゃあります。
日本語だって「書かせられる」とか言うじゃないですか。
まぎらわしいなら、上の表にさらに付け加えましょうか?
類 | 動詞 | 現在語幹 | 受動態語幹 | 使役動詞 | 使役+受動 |
第1類 |    (観察する) |      |       |        |       |
第2類 |     (憎む) |     /     |        |         |        |
第3類 |   (供える) |     /     |      |        |       |
第4類 |    (成功する) |       |       |        |       |
第5類 |   (しぼる) |     /     |      |        |       |
第6類 |    (勝つ) |      |       |        |       |
第7類 |    (裂く) |      /     |       |        |       |
第8類 |    (拡げる) |     /     |       |        |       |
第9類 |   (食う) |     /     |      |       |      |
第10類 |    (語る) |        |       |        |       |
どうでしょう。単なる受動と比べて、母音が異なるのでなんとか識別できます。
受動態の好きなサンスクリットのこと、使役の受動ってけっこう出てきます。
あとは、まだ過去分詞(過去受動分詞)の一般的な作り方をやっていないのですが、
使役動詞の過去分詞というのもかなり頻出します。
作り方は、大雑把にいえば、ふつうの過去分詞は語根+
ないし

であるのに対し、
使役動詞の過去分詞は、使役形から

を抜いて

になるのです。
「そんな! 肝心の

を抜かすなんて!」と思うかもしれませんが、
上記同様、

を抜き取っても語根の母音が変化しているのでわかります。
このように、使役形のキモは、


だけではなく語根母音の違いというのもあるので、
よく観察しましょう。
- 使役動詞の意味
使役動詞の意味はもちろん使役なのですが、
前講で「いくつかの動詞の受動態は受動態というより自動詞だ」という話をしたのと同様に、
いくつかの動詞の使役動詞は、使役というより単なる他動詞的な意味になります。
中には、使役になったついでにかなり意味を変えるのもありますし、
逆に、まったく意味がかわらない場合もあります。
使役の感覚というのは言語によってかなり違うようです。
よって、使役動詞が出てきたら、ちゃんと辞書をひいて、意味を確認しておくことです。
こんなふうに、使役動詞は他動詞的な意味で気軽に使われるので、
かなり頻出します。次の意欲動詞や強意動詞などはめったに出てきませんが、
使役動詞は、出てこない文のほうが珍しいという感じです。
なお、使役の動作主(命ずる相手。要するに「〜をして」)は、
対格で表すのが原則ですが、使役の意味がうすい動詞で、別の格をとることもあるので、
そういうことも辞書で確かめておくべきです。