[サンスクリットページ雑感集・技術情報]

属格について

Since 2004/7/31 Last Updated 2004/8/2


     サンスクリットの8つの格のうち、属格の用法はけっこう複雑で、二宮陸雄『サンスクリット語の構文と語法』も8ページ23条にわたっていろいろ説明しているし、 あの、説明があまりに簡潔な辻文法ですら5ページ半もさいてある。
     しかし、実は私は、もっと初歩的なところでこの属格につまづいていた。 ひょっとしたら、私と同様の誤解をしている人もいるかなと思い、あえて恥をさらす。 これが私の学力のなさのせいなのであれば、以下はそう思って笑って読んでいただければよい。
     
     私は属格を、単に「〜の」ととらえており、「AのB」とあれば、単純にAがBを修飾するものだと思っていた。 そこでたとえば次の文(文法概説の演習2の14)、
    本文
    文法解説 ??単属
    ???
    名女単主
    少女は
    名中単主
    毒(は)
    日本語訳 ???少女は毒である
    の訳である。 というのは「老いた」という意味の形容詞。 すると、次の語とつなげると「老いた少女」という意味になるのだろうか? と考えて、さすがに意味がおかしいことに気づく。
     サンスクリットでは、名詞と形容詞に本質的な差がなく、多くの形容詞は同時に「〜なる男、女、もの」という名詞にもなる。 だからはこの場合「老人」という名詞なのである。 この場合は「老いた少女」というおかしな意味になったので気がついたが、 これがたとえば(老人の父)だったら、 「老いた父」と訳してしまっても気づきにくいだろう。 日本語では「灰色の雲」のように、「の」で形容詞的修飾も意味するので、 ついつい属格的意味と混同してしまうということもある。
     指示代名詞も、「彼、彼女」の意味をかねるので注意。 (男性主格+男性主格)は「その馬は」だが、 (男性属格+男性主格)は「彼の馬は」である。 何かの理由でが属格になったりすると、区別がつかなくなるわけだ。
     このへんは、現代ウルドゥー語/ヒンディー語も同様で、
    (主格+主格)は「その本」
    (属格+主格)は「彼の本」
    である。
     そんなわけでは「老人の少女」なのだが、 これは「老人の幼い娘」という意味なのだろうか。 そうではない。 実は属格は「〜の」よりも「〜にとって」と訳したほうが意味が通るケースがかなり多い。 ここもそうで、結局「老人にとって少女(若い女)は毒である」という意味になる。
     このあたりのことをしっかり書いた本はなかなかないのだが、 必ずしも常識であるとは思えない。 属格は「〜の」と考えるより先に、 「〜なる者にとって」と考えて、 「〜の」と訳しても意味が変わらないときにはじめて「〜の」と訳すのだ、ぐらいに慎重にいったほうがいい。
     ついでながら、上記の文の次の文法概説の演習2の15の属格も要注意。 (土地の征服において)であるが、 内容的には「土地を征服することにおいて」のように目的語的になっている。 日本語の「〜の」にもそういう用法があるので、 この場合は「〜の」と訳して違和感はないのだが、 そう訳せない場合もあると思うので注意である。
     サンスクリットの例でなくラテン語の例で申し訳ないが、 逸身喜一郎氏が『ラテン語のはなし 通読できるラテン語文法』(大修館書店)の40章で、 amicus humani generisという例をあげている。 「博愛主義者」と意訳されるこの語は、直訳すると「人類の友」なのだが、 それは「社会の敵」のような「の」の意味、 つまり「人類のもっている友」なのではなく、 「人類愛する者」という意味だというのである。 この本はラテン語に関するエッセイであるが、サンスクリットにも通ずる話が多々あって、 示唆に富む本である。一読をお勧めする。


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